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確信を持って間違えるのです。ご注意を!

長年感じてきたこと。

それは、ここぞという判断を迫られた時、

多くの方たちが、確信を持って間違われるということ。

干支を二周目(24年)三周目(36年)くらいしてくると、人はしっかりとした知識経験に基づいた自信を持ち始め、四周目(48年)五周目(60年)ともなると、周りからの情報などにも相当惑わされにくくなってくる。自らの信念で生きている感じなのである。みんながそれぞれの自分教教祖みたいなもの。

一番出来にくくなってくるのは、他者の意見を素直に取り入れるということ。

まあ、失敗しても本人が納得すればそれでいいのだが、そういうときに限って失敗が許されない時だったりする。

なぜ素直に取り入れられないのか。

一言で言うと、確信を持っているからである。間違わないという自信である。

そして、自分の判断結論が思い込みに過ぎないと気づいた時には、もう全ては終わっている。

自信家ほどその傾向は強くなる。

自分のその思考パターンの欠点に気づかない。気に入ったデータ情報から導かれたその結論には、自分にとっては気に入らないというか都合の悪い部分は最初から削られてしまっているのである。

自分の思考回路に偏りがあることに気づかない、きっちりいろいろな角度から観察することをかなり早い段階で放棄してしまっている。

私の感覚からすると、うまくいくほうが不思議なのだが、本人の思考回路では完璧なのだ。

まさに、確信を持って間違える。

どうしても決めつけてしまう。

本当にうまくいくことを願うなら、自分が気に入らない角度からもせめて確認はしておくべきなのである。

本当の敵は外にはいない。あなたの頭の中にいる、その頭を信じきるあなたの凝り固まった自我の中にいる。

善人だからとか、悪人だからとかは関係ない。

いくら知識があろうとも、どれほど自分の合理的判断に自信があろうとも、

その前に、その判断結論でいいのかどうか、落ち着いて心の奥底から涌き出てくる想いや声に寄り添ってみてください、耳を傾けてみてください。

ハッと間違いに気づいたら、そんな時はやめる勇気も必要なのです。

焦らずにチャンスを捉えることです。

どうか、あなたの本当の本体が、あなた自身をしっかり守ってくれているそんな瞬間を、くれぐれも大切になさってください。


ではでは


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