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ある女性のツィートを通して

先ほどまで、Twitterである方のツィートを追いかけていました。

それは、ある女性のツィートで、「彼女の兄弟の死」を嘆き悲しむものでした。亡くなって時間があまり経っていない状況でした。

「コロナによって、もたらされた死」でした。


そのツィートには、賛否両論いろいろな意見が飛び交っていました。

ある方は、素直に彼女の悲しみに対してSorry.と、慰めの言葉をかけていました。

また、ある方は、

長年の医療従事者としてのキャリアから、彼女に向けて話されていました。

途中までは、それなりに共感を呼ぶものであったのですが、途中からはある意味説教になってしまっていました。

これが、様々な議論を引き起こしてしまいました。

他のある方からは、

それはあなたのキャリアであって、コロナの現場にいてる医療従事者、特に看護師はそんな心優しき人たちではない、

という厳しいご意見が出されたりしていました。

さらには、

その長年の医療従事者の方の意見を、黙らせようとされる方まで現れてきました。

まあ、それはそれで当然というか当たり前の流れではありましたが...。

けれど、一番もっともだと私に思われたのはその次の女性のツィートでした。それは以下のものでした。

She already said "thank you for caring".... There wasn't a need for Wendy to continue, other than trying to change her views of healthcare workers, which isn't of importance at the moment.

内容だけお伝えしますと、Wendyさん(長年医療に従事されていた方)からの気遣いに対しては、当事者の女性も感謝していたのですが、

Wendyさんのその当事者女性の医療従事者への見方を誘導しようとする意見に対しては、その当事者の女性はIt's not true though...(真実ではないけれど...)と否定されていた

のです。そして、Wendyさんの軌道修正を求める見方に対しては、他の男性からさらにそれを否定修正する意見が出され、それに対してさらに、「それは(それらは)今は大切なことではない」とこの女性はコメントされていたわけです。

非常にややこしい流れになっていました。

誰が正論か決着をつけよう、という臭いがしてきていました。苦笑

確かに、ある程度、説得力に差は生じます。

ですが...


そうなんです。

【 不条理な状況下では、どちらが正しいだとか、誰が正しいかなどは、もはや何の意味もなさない 】

のです。

求められてるのは、

冷静かつ穏やかさを伴った対応なのです。

出来れば、当事者に寄り添うことなのです。人としての温もりをgiveすることなのです。

まずは、穏やかで冷静な対応から。


その当の当事者の女性の悲しみ、怒りが、一朝一夕に消えることなど、まずあり得ません。おそらく、多くの場合一生涯消えることなどないでしょう。

日本の私たちも、このアメリカで現在進行形に起こっているこういった悲しい出来事に対して、素直に耳を傾け、冷静さと人間としての最低限の人を思いやる気持ちを保ち続けていきたいものですね。

そう私は感じさせていただきました。

二万人を越す死者を出しているアメリカ社会では、日々、不条理な死が多くの人たちの新たなる悲しみを引き起こし続けているのです。

それだけは、変えようのない現実なのです。


ではでは。




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