サドル狂騒曲58 運命の賽
ドアを開いても、雄太と恭平は深く頭を下げたまま動かなかった。
倶楽部の職員は、特別会員に拝謁する際は許可なく目を合わせてはならない。それは倶楽部創立時からの伝統ある規律で、破ることは許されていない。敬意と名誉の証を例え獰猛な幣原に対しても示さない訳にはいかなかった。それは傍若無人な雄太ですら肝に命じている鉄の掟だった。
「 よろしい、顔を上げろ。」
ホッとして顔を上げた2人が見たのは、裸同然で縛られ床にひれ伏す青葉の惨めな姿だった。恭平の顔色が、変わった。その気配を察して雄太が先に口火を切った。
「 卿におかれましてはご機嫌麗しく、お喜び申し上げます 」
「 この格好のどこが麗しいのだ。私に対する口の利き方を教えてやろうとも全く使い物にならない。このような代物を雇う程倶楽部は困っておるのか?」
「 申し訳ありません… 」
「 卿、恐れながらその者はまだ19の子供です。私どもで指導させていただきますので、今日のところは引き取らせていただけないでしょうか 」
恭平の声は冷静だが深い怒りが籠っていた。幣原は余裕のある笑顔で恭平を見た。
「 君は美しい。憤怒のベールを纏っても、色あせるどころか全て取り込んで神々しい美に変えてしまう。天が与えた至高の造形物だよ。その君が、何故こんなさもしい小娘に情を流されるのか理解に苦しむな 」
恭平の目に新たな怒りの火がついた。
「 卿がなさっているのは犯罪です。おわかりでしょう?青葉を返して下さい。この子には何の落ち度もありません」
「 断る。この娘の処女は私が200万で買った。犯罪がどうした。ここは治外法権だ。私たち会員が、法であり正義だ 」
その言葉は真実だった。特別会員には絶対服従。しかしこのままでは青葉が心も体も蹂躙される。恭平は半ばスイッチが入っている。掴みかかったら俺でも止める自信はない… 雄太は青葉を見た。血と泥で汚れた体、ぐったりと閉じた目。何としてでも、守ってやらねば。雄太は突破口を探して頭を巡らせた。
「 卿、その娘を売った輩は、先ほど私が制裁を加えました 」
「 ほう、それは可哀想に。だが既に代金は支払い済だ。この女の処女の所有権は私にある 」
幣原はタキシードを脱いだ。動かなくなった青葉を抱き上げるとベッドに下すと蝶ネクタイを緩める。
「 さて、時間もないし債権を償却せねばな 」
恭平の目が据わった。もう時間がない。クビを覚悟で青葉を取り返すしかない。畜生、こんな形で倶楽部とお別れか… 雄太は唇を噛んだ。
「 お前たちもそこで見ているがいい。ギャラリーがいると興が乗っていつもより長持ちできる 」
不敵な笑みを浮かべると、幣原は青葉の小さいブラに手をかけた。
直後、雄太はハッと頭を上げ、反射的に飛び掛かろうとした恭平の腕を掴んだ。
「 離せ! 」
「 待て、手がある 」
幣原の手が小さな乳房を包む。眉をひそめて首を振る青葉の顔は紙のように白い。
「 お待ち下さい、幣原卿 」
「 何だ、まだつまらん能書きを垂れるなら貴様の首を先に撥ねるぞ 」
幣原の眼力から凄まじい怒りのオーラが放たれ雄太に襲い掛かる。しかし雄太は真っ向から受け止め、体の中心で飲み込んだ。
「 その娘の処女、私が250万で買い取らさせていただきます 」
幣原の手が止まった。恭平は驚いて雄太を見る。
雄太は青葉の閉じた目を見ていた。
待ってろ。いつもの眩しい笑顔を必ず取り戻してやる。
雄太が幣原に投げた賽は、漆黒の夜空に飛んで赤く光った。
続
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