サドル狂騒曲69 レディの性教育?
夜アパートに帰って私は何度も久美子の携帯電話に連絡したけど、つながる事はなかった。SNSのアカウントは全て変更か削除されていて、もう久美子と連絡を取る手段は何もない。最後の頼みの綱だった実家も、電話回線が切られた状態だった。加藤さんは久美子から連絡があったら伝えてほしいと言って途方に暮れていた。
「 架空の投資話に乗っかったらしいんだよ。自宅と農場まで担保にして2億も負債を抱えて夜逃げだなんて… 」
久美子の家は道央でも有数の大規模農場を経営していた。お兄さん二人が仕事を継いで、周りの農家がみんな羨ましがっていたのに。私は最後に会った時の久美子を思い出した。少し痩せて疲れていたけど、もしかしたらお金の事が原因であんな風に刺々しかったのかしら。バカだな、もっとよく話を聞いてあげていたら今頃何か力になってあげられたかもしれない。後悔で無性に自分に対して腹が立つ。何も知らないで、勝手に勘違いして遠ざけて…
ごめん、久美子。今どこにいるんだろう…
そうだ、小学校の友達に片っ端から連絡取ってみようかな、私は畜産コースで久美子は園芸コースだから高校で共通の知り合いは少ないけど保育園から一緒だった子たちなら何か知っているかもしれない。いてもたってもいられずにスマホを手に取った途端、玄関のベルが鳴った。びっくりしたけど、鳴らし方で誰かはわかる。恭平さんだ。すぐにドアを開けると私服姿でほほ笑む恭平さんが立っていた。白いセーターにターコイズブルーのマフラーがめちゃくちゃよく似合う。
「 どうしたの、驚いた顔して… 」
「 いえ、北海道の知り合いと話をしてたら興奮して… 」
よくわけのわからない言い訳をしたけど恭平さんは大して気にせず私に大きな紙袋を手渡した。中からバターの甘い匂いがする。中を見たらブルーベリーのタルトが半ホールとパウンドケーキが2本入ってる。もうコンマ1秒でよだれが出てきた。
「 すっごいおいしそう… これ作ったんですか?」
「 まさか。今日個人レッスンをしたお客様からもらったんだ。新宿のホテルメイドだけど、自家製だから早めに食べてって 」
「 お髭の素敵なおじ様ですか 」
「 そう、片桐卿だけど、そのことでちょっと青葉に話があるんだ。今から夕食でも食べない? ユウも下で待ってるよ 」
「 本当ですか!行きます! 」
私は焼き菓子を抱えて居間に戻ると急いでトレーナーを脱いだ。収納ケースからカシミアのセーターを出してデニムのスキニーと合わせる。ショート丈のダウンを着ると。うん可愛いかも。玄関で靴を履き恭平さんにポーズを取って見せた。
「 どうですか?」
「 うーん、67点。せっかく脚を脱毛したんだからスカートの方が可愛いよ」
…… そんな。辛いなあ… 生足なんて恥ずかしくて見せられないよ。
1階の車の助手席には煙草をバカスカふかしてる雄太さんがいる。私は昼間のゴスロリショッピングを思い出してちょっとムッとしてしまう。後部座席に座ると、わざとらしく煙を手で追い払う。ふーーんだ、Gカップに煙草くさいってふられちゃえばいいんだわ。
「 青葉、来週の月曜の夜暇なら、俺と一緒に片桐卿の家にいってほしいんだけど、どうかな 」
「 私なんて連れていって大丈夫ですか 」
「 卿のホームパーティーに招かれたんだ。青葉もいい社会勉強になるから行った方がいいと思ってさ 」
えええ… なんか堅苦しくて緊張しそう。お化粧とか服とか大変そうだなあ。しかも特別会員の人ばかりだったら頭下げっぱなしじゃない。何だか萎えてくる。雄太さんがいけばいいのに。その方がずっと雰囲気に映えていい感じだ。
「 あの、雄太さんと行けばどうでしょう。私では場の空気に合わないと思います 」
「 俺はパス。多分その日は美奈子の家に挨拶に行く予定だから。お前行って少しはレディらしく振舞う練習をしてこい 」
その言葉を聞いてまたわたしはカチンと来る。随分とGカップと仲良くしたいのね。恭平さんもどうして怒らないのかしら。以前雄太さんが若い女会員から海外旅行のお土産でハンカチもらっただけで激怒してたくせに。あのハンカチ、ハサミで切って捨てられてたなあ。勿体ない。私がもらえばよかった。確かナントカっていうブランドだったよ。
「 食事が済んだら青葉のアパートでドレス用の採寸をするからちょっと入らせてね 」
「 ドレス?何のですか?」
「 卿のパーティーに行くための、だよ。ちゃんとドレスコードがあるから既製品で合う服を急いで探さないと 」
「 今日の飯はイタリアンのコースだけど、サイズがやばいから青葉はデザートなしだな 」
「 そんなあ… 」
雄太さんの嬉しそうな声が本当に憎たらしい。でもこんな小さい胸を見られるのはなんかイヤだなあ… いつもはベッドの中だからベタベタ出来るけど。
「 せっかくだから内緒の訓練もしちゃおうか 」
ハンドルを切りながら恭平さんが楽しそうに口を開いた。訓練?なんか不穏な響き…
「 そーだなー、そろそろ始めないとと思ってたからいいころ合いかもな 」
わざとらしい雄太さんの口ぶりがすごく気になる。反射的に胸を押さえる私。この人たち何を企んでるの?
「 訓練って、何するんですか… 」
「 性教育 」
雄太さんが涼しい声で答えた。
「 えっつ?」
「 ビジュアルは俺が担当、中身教養はユウが担当だけど、あっちの開発は二人でやることにしたんだ」
「 覚悟しとけよ。ゲイのトレーニングは厳しいぞぉ 」
私は唖然として二人の後ろ頭を見た。調教?性教育?処女なのに何をされるの?ベッドの中でキスするだけじゃダメなの?突然恭平さんが振り返った。
「 ああ、青葉は男のアレ見たことないの?」
「 あ、あるわけないじゃないですか!」
「 じゃあ俺たちのをじっくり見せてやるよ。まあ馬の見慣れてるから平気だろ。いい勉強になるぞ」
ええええええええええええええ~!そんなの嫌だ嫌だ嫌だ!
私の心の叫びも空しく、車は軽快に広い国道を横浜へ向けて走り出した。
続
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