サドル狂騒曲62 甘い調教、卑劣な罠

 「 年も明けたし本格的にお前の調教を始めるぞ。幣原卿の目にかなう女にならないと、俺たちの払った500万の意味がなくなるからな 」

 雄太さんのマンションから私のアパートへ移動する車の中で、説教が延々と続く。後部座席で小さくなってる私は恭平さんがお土産にくれたお菓子の山が食べたくて食べたくて食べたくて、そおっと手を出そうとするたびに話をを振られるから,もおストレスマックス。お昼をあんなに食べたのに、どうして2時間経ったらお腹が減るのかしら。
「 調教なんて、馬みたいに言わないでください… 」
「 馬の方が楽でいい。人間の女をたった1年で洗練されたレディに育成するなんて、実際不可能に近いんだぞ 」
「 じゃあ500万なんて払わなかったいいじゃないですか 」
「 金額の問題じゃあない。お前のやる気と素養が問題なんだよ 」
「 やる気はあっても素養とか私ではどうにもなりませんよ。第一、チーフ達は女性に興味ないのにどうやって私を女らしくするつもりですか?」
「 見た目3割、中身7割。頭空っぽな奴は底が浅いからすぐに化けの皮が剥がれる。お前なんてスタイル重視だったらおっぱいのサイズでお終いになるから教養と経験を上げなきゃいけなんだ 」
「 チーフ!また板胸って思ってるでしょ!」
「 まあまあ。喧嘩はこの辺でやめて。お正月早々怒っても縁起悪いよ」
運転中の恭平さんが優しい声でとりなしてくれるけど、私は頭に来てフンと横を向く。助けてくれたことは感謝してるけど、これから毎日こんな風に叱られるのかしら…   ガン萎えする…

 「 とりあえず、見た目担当は俺がするから、脱毛とエステから始めようね 」
 恭平さんの意外な言葉に反応する私。何それ? どうして?
「 脱毛?どこを触るんですか ?」
「 脇と、VIOゾーンかな 」
「 VIO…… 」
「 股の間だよ。ケツの穴から前のヘアまでツルツルにしてやるよ 」

 股の間… ケツ……………  つまり… 

「 ええええええええええっ! そんなの嫌です!は、恥ずかしい!」


「気にしないで、医療脱毛で安全にやってもらうから平気だよ。今デリケートゾーンの脱毛は意外と多いんだ。エステは髪と全身を俺の行きつけで予約するから任せといて 」
  恭平さんはなんか楽しそう。確かに、脱毛すればいちいち剃刀で剃らなくても済むし… ビキニだって際どいの着放題だし… 待って、夏にあこがれのビーチで彼氏と水着デートオッケーってやつ? なんちゃって彼氏恭平さんと手をつないで砂浜を歩く…  それはやりたい! ビバ、脱毛!
「 …… お前、今変な事考えてるだろ 」
 ルームミラー越しにこっちを見ている雄太さんの嫌味なツッコミも気にならない。うれしいなー。夏よ、早く来い!

 車は私のアパートに到着した。お土産の山を雄太さんが部屋まで運んでくれる。ああ、楽しかったけど自分の家はやっぱホッとするな。
「 また月末に掃除しに来るからな 」
「 いーです。自分で出来ますからほっといて下さい 」
「 どうせ俺が後から見てやり直しするんだ。面倒だから一度に済ませる 」
 そんな事言って、本当は私の部屋に来る口実が欲しいのはわかってる。うふふ。意地っ張りなんだから。
「 色々ありがとうございました。楽しかったです 」
「 また来いよ。気を使わなくていいから 」
 私は雄太さんの体に抱きついた。すかさず、お別れのキスが返ってくる。
「 キス、上手くなったじゃねえか。昨日の夜より感じるぜ 」
  シトラスの匂いが顔に舞い降りる。ダメ、昼間からこんなすごいキス…
 雄太さんは腰を押し付けて挑発する。そんなにお尻を撫でないで…
「 俺は中身担当だからな。しごいてやるから覚悟しろ 」
ハスキーに掠れた声で耳元に囁く。これ以上されたら、気持ち良くなっちゃう…
「 ああ、お前、多分体重が3キロ増えてるぞ。とりあえず減量しろ。菓子はしばらく禁止 」
「 え? 」
「 明後日体重をチェックするからな、 じゃあまた仕事場で 」
あっさり雄太さんは出て行ってしまった。3キロ… どうしてわかるの?今からひとり菓子パしようと思ってたのに、でも3キロは確かにヤバい…
 慌ててもらったお菓子を台所の棚に隠してお料理は冷蔵庫へ。年末の掃除でピカピカのお部屋は快適。荷物を片づけたら、ジョギングでもしようかしら。私はヒーターのスイッチを入れて窓を開けた。ふと我に返って手を止めた。処女を守ることが出来たら、二人のチーフのどちらかに私は抱かれる。ゲイで恋人同士の二人がそんな事をするのかしら。私は、その時どうしたらいいの?
 さっきのキスの感触が戻ってくる。なんだか怖くて、でも期待をしてしまう。2人の男の人に心と体を調教されるんだ。

 これが、大人の恋? いいえ、私はゲイのカップルに処女を買われた女。不思議な関係が、無事に続くのかしら。

 鼓動が早くなって頬が熱い。こんな体にされてしまって、一体どうなるんだろう。不安で切なくてうれしくて、私はぞくっと身震いした。



 恭平のスカイラインは市街地の道路を西へ向かっている。走る車もさほどもなく、観光客の少ない方面なら新年のドライブが楽しめそうだった。

 恭平は煙草を灰皿に押し込むと開けていた窓を閉じた。助手席の雄太は頬杖をついて前を見ている。きっと何か話したいことがある。恭平には雄太の出すサインは全て手に取るようにわかっていた。
「 言いたい事、あるんじゃないの 」
「 バカラのグラス、1つ割っちまった 」
「 気まぐれで10万のヴィンテージを壊すほど馬鹿じゃないよね 」
「 進藤家の顧問弁護士から連絡があって、親父の取り巻き共が下らん計画を立てているのがわかったのさ 」
 スカイラインは交差点を曲がった。高速道路のインターチェンジを示す緑の看板が遠くに見える。恭平はアクセルを踏み込んだ。

「 年が明けたら、入籍しろと言ってきた 」

 恭平はとっさにブレーキを踏んだ。雄太はハンドルを握りしめる恭平の左手を優しく握った。
「 落ち着け。俺がお前から離れていく訳がない。これは卑劣なからくりだ 」
「 からくり…… ?」
雄太は頷いた。恭平の左手を取ると、膝の上に置いて手を重ねる。深呼吸をして息を整えると、恭平は再びアクセルを踏んだ。右手を軽やかに動かしハンドルを切ると、400Rは華麗な轟音を上げて高速道へ続くランプを疾走する。


 


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