サドル狂騒曲68 不釣り合いな春風
「 ねえ進藤先生のシンデレラの話聞いた?」
「 知ってるわ… 徳川家所縁の華族だって、セレブよね 」
「 目が悪いんでしょ、でもあんな美人なら気にならないわよ… 何と言っても家柄が良いから 」
「 進藤先生も実は旧華族とは驚きね~ そういえばどことなく品があるとは思っていたけど 」
「 結婚するのかしら? 」
「 当然よ。だって公然と抱き上げて倶楽部の玄関までお見送りしてたのよ。お姫様のうっとりした目つきがある意味ドヤ顔だったわね 」
「 妬ましいけど、それ以上に凛々しすぎて惚れ直したわ 」
「 お式は当然、九段下の紫水会館でしょ。旧皇族と華族しか使えないはずよ。私、3年前にパーティーで行ったことがあるわ 」
「 ご祝儀いくら包もうかしら。あ、お披露目の会をしてもらうとかどお 」
「 ちょっと青葉ちゃん、あんた何か知ってるんでしょ?隠してないで言いなさいよ 」
「 …… 何も知りません … 」
お昼休みの洗い場はTHEマダム一座の臨時井戸端会議で大賑わいだ。黙々と洗濯したタオルを畳む私に座長の飯森さんがつっこみをかけるけど知らないふりでスルーする。おおよその話は恭平さんから聞いてるけど、あのGカップ美女がそんなにすごいプリンセスとは知らなかった。仕草や話し方が妙に取って付けたみたいな違和感があったのは、庶民の私と全てがレべチだったからなのね。
でも雄太さんはどうする気なんだろう。恭平さんがいるのに女性と籍を入れるなんて絶対ないし。でもGカップを見つめる目つきは意味深だったなあ。巨乳の童顔とかってイヤらしいもん。いいいなあ。私なんて、前も後ろもペタンコ… 同じ女なのに何が違うのかしら、食べ物?そういえばネット広告でマッサージしたら胸が大きくなるクリームがあった。買っちゃおうかしら。今なら金利なしで分割払いOKとか言ってたな…
「 おい、北岡、聞えてるなら返事しろっつ! 」
インカムから突如雄太さんの怒鳴り声がして私はびっくり。
「 は、はい!」
「 何回呼んだら気が付くんだ!用があるから事務所まで戻れ !」
「 わかりました! 行きます!」
慌ててタオルを籠に放り込んで、事務所へ降りる坂道を走って降りていくと目線の先に個人レッスン用の馬場に立っている恭平さんが見えた。騎乗しているのは特別会員の… 誰だっけ、髭のおしゃれなおじ様だ。相変わらず恭平さんは長髪小顔にマッチョな肩幅と引き締まったお尻がグッドなバランスで国宝級のカッコよさ。お鍋会の夜に寝たふりしてパンツ脱ぐところをチラ見してしまったけど、脱毛してヘアが少ししかないのに、結構剛毛でめちゃエロすぎ…
「 北岡! 何してるんだ! 走れ! 」
「 はい、すいません! 」
もう、私にはこんなに俺様で厳しいのに、Gカップにはどうしてあんなに優しいの?ふんだ、男なんてやっぱり乳で判断するんだ。
私はなんだか頭に来て、耳にはめたイヤホンをわざと乱暴に外して事務所の通用口のドアを開けた。
「 本当かい。如月君が絵の内覧会に主賓で来てくれるなんて嬉しい
よ 」
馬場で馬をゆっくり歩かせながら片桐は鞍上で上機嫌に手綱を操る。
「 主賓はやめて下さい。私はただ卿にお礼を言いたいだけなんです 」
恭平はサークルの外で馬の足元を見ながら片桐の馬上バランスを確認している。キャリア40年を超えるベテランライダーでも集中力が切れると重心が左右前後にずれて途端に馬の歩き方が不自然になるからだ。片桐が所有している栗毛のサラブレッドはもう20歳に手が届く老体だが手入れされた体には艶があり、蹄はしっかり蹄鉄に守られて灰色のダートを踏みしめる。両耳を柔らかく逆八の字に開いてリラックスしながら主と対話する馬ののどかな様子は、ここ数日胸のざわつきを隠せない恭平にとって不安を忘れられる貴重なひとときだった。
「 是非当日は着飾っておいで。絵の中の君も美しいが実物は私の画力では到底描ききれない魅力がある 」
「 昔あつらえたタキシードでよければ… 安物ですけど」
「 ご婦人のゲストに囲まれて大変な騒ぎになるかもしれないな。気分を悪くしたら許してくれよ 」
「 それですけど、実は当日同伴したい者がいるんですが 」
片桐は意外そうな目で恭平を見た。
「 それは構わないけど珍しいな。進藤君は確かパーティーは嫌いと言っていた記憶があるが… 」
「 いえ、彼ではありません。以前お話したスタッフの女性です 」
片桐は思わず馬を止めた。
「 あの君に片思いしているという女の子かい。それはまた… 」
「 ちょっと話せば長くなるのですが彼女と最近親しくしているんです 」
「 そうか。それは楽しみだ 」
微笑んで相槌を打つと片桐は軽く舌鼓を飛ばした。途端に馬は軽く地面を蹴って馬場の角へ向かい走っていく。
「 上体が少し前傾しています。バランスバックで手綱はもっと長く 」
恭平の声に頷いて片桐は馬の首を軽く叩いた。リズミカルな馬体の動きに合わせて片桐の上半身は華麗に上下を繰り返す。後は事故のないよう見守ればいいだけだ。恭平はふっと息をついた。馬の通った後に揺れる砂埃にほのかな春の気配がするが、恭平の心は浮かないままだった。
それは昨日の夜の事だった。
恭平とベッドを共にした雄太は、腕の中に恭平を抱いて一通り考えている企てを聞かせた。恭平は多少の驚きを覚えながらも、何も言わずに雄太の言葉に耳を傾けた。
「 その通りになれば母親と叔母さんはともかく、女の子は可哀想だね 」
「 そんな事はない。あの家から逃げて自分の人生が送られるんだぞ 」
「 彼女がそれを望んでいればだけど 」
「 他に何を望むんだ。天の神様に操を捧げて、ただお迎えを待つのが楽しいとは俺には思えない 」
恭平は雄太の耳を軽く噛んだ。空いた右手を下に差し入れて反応を確かめると雄太は返事がわりに恭平の唇を深く吸った。
「 暫く青葉を頼む。 」
「 … うん、わかった 」
「 落ち着いたら、雪解けの頃を見計らって別荘に3人で行けたら良い
な 」
雄太は熱い柱を恭平の股間に擦り付けながら冷めかけた炎を奮い立たせる。応えて恭平は乳首を指で弄び、脚を深く絡めて次のアクションを求めた。いつもと同じ恭平の様子に安心した雄太は、茂みに覆われた脇の窪みに指を潜り込ませ慣れた手つきで恭平の性感を煽っていく。二人の秘密は硬度を増して呼応すると、そのまま欲望の海へ飛び込んでいく。
俺が女だったら、雄太の子供を孕めたら、誰も傷つくことなく雄太も幸せになれたのだろう。
抱かれながら恭平の内面は違う場所で自問自答を続ける。熱い躰と裏腹に恭平の意識は冷めて乾いた砂の上を滑り続けた。口では跡取りなど望まないと言っている雄太の本心は分かっている。どんなに反発しても、名家の後継ぎの重責は彼の背中にいつも付きまとって消えることはない。
そして、雄太が抱えている盲目の姫君に対する想いも、恭平の良心を強く締め付けた。ただの幼馴染… そうじゃない。だが恭平にその気持ちを否定する権利はない。恭平の知らない雄太の世界。凡人には伺いしれない深い闇。
互いの粘膜を1つに重ねて快楽に踊る静寂は、いつもと違って背徳の味がする。恭平は雄太との間に今までにない距離を感じていた。
「 だからあ、そんなデザインの服を普通の女子は買いませんよ 」
「 何でだよ。見ろ、可愛いじゃないか 」
雄太さんはデスクの上に開いたパソコンの画面をむきなって指さした。
女性ファッションの通販サイトのページ一面に、真っ白いレースとリボンにデコられたゴスロリワンピースが映っている。この服だとコスプレのイベントでも目立って恥ずかしいに違いない。つーか、これをプレゼントに買おうってどういう発想なんだろう?
「 もっと地味で女友達とランチへ行く時に着たくなる服にしないと嫌われますよ 」
「 じゃあどんなのがいいんだ。お前選んでみろよ 」
私は手早く画面を切り替えいつもショッピングするコスパのいいブランドを立ち上げた。ざっと見渡してカジュアル、通勤スタイル、 デートフォーマルのパターンで画像を選んだ。
「 こんな感じですかね。どれもトータルで2万円以内ですよ 」
「 安っ!そんな値段で買った服なんかすぐにバラバラに糸がほどけそうだな 」
はあ?それってどんな服よ… お金持ち男子ってみんなこうなの?大体今は勤務時間なのにどうして私が雄太さんのなんちゃってお姫様のプレゼント選びを手伝うんだ? あ、ヤバ、すごく腹が立ってきたんですけど。
「 私、もう仕事に戻っていいですか?洗濯物が溜まってるんです 」
「 今日仕事終わったらまた手伝ってくれよ。まだ靴とバッグと手袋が残ってるんだぞ 」
「 あのですね、私はチーフと違って一般人なのでセンスが段違いすぎて付いていけないんです。ご自分でセレクトした方が納得いきますよ 」
「 わからないからお前に聞いてるんだろ 」
「 じゃあ買わなきゃいいじゃないですか 」
「 それじゃ済まないから困ってるんだ! 」
何さ、子供の時に遊んだ幼馴染でしょ?16年ぶりに会いにきたんでしょ?実家が見合い相手にゴリ押ししてきたんでしょ?ならいつもやってるみたいに怒鳴って追い返せばいいじゃん。恭平さんがいるのに不謹慎よ。あの人だってやたら可愛い子ぶってて… まあ可愛いけど… おっぱいが大きいからって調子に乗ってさ、ああ、もうやだやだやだやだ!!
「 もうフリフリドレスを買ったらいいですよ!お部屋で鑑賞しながらふたりっきりでティータイムでもすればいいでしょ!」
「 あっ、それっていいアイデアだ。北岡、やるな、ありがとう 」
雄太さんはパチッと指を鳴らして画面をゴスロリドレスに戻すと購入手続きへ。 19万5000円、ワンクリックご購入。
呆れた私は部屋を出た。もう好きに買えばいいのよ。お揃いで白馬の王子様コスでも買えばいいんだ、もうバカバカしい!
もう午後のレッスンは始まっている。今日はこれからグループレッスンが3つ入っているから急いで馬装の準備をしなきゃ。小走りで厩舎に向かっていたら胸ポケットの携帯電話が鳴った。こっそり取り出して画面を見た。
帯広の加藤組合長だ。もしかしてオペレッタに何かあったの?電話に出なきゃ…
「 もしもし、はい、北岡です。お久しぶりです 」
加藤さんが早口で話す言葉に、私は耳を疑った。
「 久美子が、行方不明なんですか? 」
私はその場に立ちすくむ。首の横を、ふいに暖かい風が軽やかに駆け抜けた。
続
お
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