『ウィズ・ナッツ』 第9話

 また四人でローテーブルを囲み、それぞれお好みの酒を飲んだ。ユッフが奮発したのでつまみも豊富にある。
 わいわいとやる。これで隣近所の苦情がこないから不思議だ。
「そういえば、みんなは何の仕事やってるの?」
 ユッフが答えた。
「袋に入れるバイト」
「俺は袋から出すバイト」とハールがいった。
「ごめん、全然わかんない。どうしよう」
「僕にもわからないんだよ、この人たちが何をやってんのか。訊いたって教えてくれないし」
「守秘義務があるからな」ハールはいったが、たぶんそんなものはないだろう。
「あたしとしてはナッツさんが一番わからないけど。何やってるか訊いていいジャンルの生活?」
「ユッフとハールさんからの家賃と、あと別件の不労所得がある。いえるのはそこまで」
「謎が多い人たちだわ。よくいえばミステリアスで、悪くいえばわけがわからないわ」
「いろいろあるんだよ」とユッフ。きっと何もない。
 酒が進み、騒がしさも増していく。アキはハールをいじり始めた。束ねた髪を下ろさせる。肩まで伸びていた。
「あー、マリリン・マンソンがすっぴんだったらこんな感じかもね」
「誰だよマリリンって」ハールが訊く。
「ニーチェにハマるようなロックスターだよ。ハードロックだよ」
「へえ、それは興味深い。ニーチェでロックってどういうことなんだろうな。そいつの身に何があったのかな」
「CDとかiPodとか持ってきてもいいんだけど、ここにコンポはない?」
「それがないんだよねー。家主が無趣味なもので」とユッフがいう。
「そしたらさ、明日スピーカーとか持ってくるよ、小さいやつ」
「いいねえ、楽しそうだ。この人たちに聴かせてやってよ」
「うん。あたしの一万曲のライブラリが火を噴くよ」
「どのくらい凄いのかがわからないけど」僕はいった。
「ざっといって、CDアルバム千枚ぶんのデータがiPodに入ってるんだ」
「よくわかりました」かなりのものだった。びっくりした。
 酒が減っていき、酔いは増していった。ああ、これは今夜も飲み過ぎそうだ、と直感した。
 ハールがドラッグの売人だった、という話をユッフがバラしてしまい、しかしアキはむしろおもしろがった。やはりパンクだ。
 ハールが語った。
「やっぱ売るだけじゃなくて自分でもやるんだよ。変なキマり方もしたわけで、一度な、効いてきてグニャグニャになってるときに紙とペンを手にしたことがある。考えたことを書きとめておきたくなって。でもう笑いながら夢中で書き殴っててな。キマってたのがさめたあと、紙を見たらなんか細切れのフレーズがびっしり書いてあった。『段ボールを開ける』とか『テレビ出演』とか『いうまでもないが世界とは地球のことである』とか、全部わけがわからない。でもラリってるときはいいアイデアだと思ってたんだろうな。俺って天才、みたいな気分で。でな、紙の中央にでっかく『キノコキング』って書いてあったんだよ。それを見て俺もう力抜けちゃって。何やってんだろうってね。世の中ではみんなまじめに生きてるのにキノコキングってなんだよ。全然ダメだよそんなの。それでキノコをやめようと思った、さすがに」
「凄いなあ。生き方派手だわ。それいつの話?」アキは目を輝かせている。
「十九歳くらい。ともあれそれ以来キノコは食ってないね。でもけっこう楽しめたよ。ディズニーランドよりずっと楽しいね。そう、キノコ食ってディズニーに行くっていう企画も当時考えたんだ。でもそれ、本当にやったら檻のあるデザインの病院に入れられただろうけど」
 ああ、喋りすぎたな、と恥じるようにいってウイスキーを飲んだ。
「おもしろい話だったよ。世の中広いわ。いいなあキノコ、やってみたいな。マジで」
「ダメ、絶対」僕はアキに釘を刺した。
 それからまた騒いでいたが、みんな疲れてきたのか、雰囲気がどんよりしてきた。ぐでんぐでんになっているアキが叫んだ。
「夢! 夢を語ろう」
 もう帰したほうがいいんじゃないかと思った。
「夢とか目標とかをね、いってみよう。じゃあユッフさんから、どうぞ」
「え、夢? 夢はね、起業することですぅ」
「おめでとう! じゃあ次、ハールさん」
「詩を……詩を書いて……」半分寝ていた。
「ご苦労さん! ナッツさんはどうよ」
「夢は……いま叶ってるかな。楽しけりゃ文句なしだよ」
「よくやった! ラストあたし、えーとね、アクセサリー職人になりたい!」
「オッケー、がんばろうみんな。そして今日はもうお開きだ」僕は宣言した。
 アキは左右にゆらゆら揺れながらいう。
「これからだよ?」
「お開きだよ? ほら、もうみんな限界きてるから。アキちゃんも歩けるうちに帰りなさい」
 ええーっ、とぐずっているのをなだめて、立って歩けることを確認して玄関まで見送った。
「明日も来てやんよ。兄ちゃんたち、いい夢見ろよ」
 そういい残して帰っていった。いやまったく、ずいぶん酔ったものだ。無事に家まで行ければいいが。
 リビングに向き直る。横になって完全に眠ってしまったハールと、いまにも吐きそうに口をおさえているユッフがいた。もう寝ることにした。
 ベッドに入ったとき、トイレで吐いてる声と音が聞こえた。
 翌朝は悲惨なものだった。僕は頭痛がひどく、ハールは顔が青く、ユッフはトイレでゲロまみれで寝ていた。
「ハールさん。僕たち、酒を控えましょうか」
「俺も同じことを考えてた」
「バイトは?」
「休む。今日は働けない」
「僕、もうちょっと寝ます」
「お大事にな」
 ベッドに横になって頭痛がおさまるのを待つ。キリキリと嫌な痛みだ。
 僕の頭痛が引いて、ハールがリビングを片づけて、ユッフが自分の吐いたところを掃除した。それらが済んだのは昼過ぎだった。
「お、アキちゃんからメールきてた」ユッフが携帯を見た。「みんなだいじょうぶかって訊いてる」
「自分の心配をしろっていっとけ」ハールがだるそうにいった。

(続)

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