『ウィズ・ナッツ』 第6話

 日が暮れ始め、またコンビニへ行って夕食と酒を買い込んだ。今夜はハールも飲むようだ。
 今日で休日が終わり、明日からハールとユッフはバイトに向かわねばならない。二人は面倒くさそうな顔をしていて、憂さ晴らしのように酒を飲んだ。
 つまみを食べ缶やビンに口をつけ、陽気になり、盛り上がった。ユッフはこれまでも何度か披露した自分の父親のものまねをした。昔、一緒に散歩したときのまねだそうだ。
「ここも閉まってる。あっちの店、あれシャッター閉まりっぱなしなんだよ。カアッ! 儲かんねえんだよ、みんな儲かんねえんだよ不景気でよお。ええ? ったくしょうがねえよなあ。カアッ! 俺の会社だって大変だよ、作ってる部品の単価が安いだろ? それで不景気だから注文が減っちゃってよ。ったくよお。ええ? みんな大変だよほんとに。儲かんねえよ、ったくしょうがねえよ! カアッ!」
 僕はゲラゲラ笑った。ハールもこのネタには弱く、おもしろそうに聞いていた。この「カアッ!」というのは別に痰が絡んだとか父親の正体がカラスだとかそういうことではなく、鼻と口を使った笑いなのだという。
「あれは江戸っ子の笑い方だね。カラッとしてるんだよ。宵越しのカネも持たないから財布もカラで」
「うまいこといってんじゃねえよ」ハールが弾んだ声で突っ込んだ。
「いやー、しかし実際貧乏でしたよ。話を聞いてると世の中の不景気を感じましたね」
「そこで親父さんのせいにしないあたり、ユッフは優しいよな」
 僕が評価したようなことをいうと、いやいや、と首を振る。
「優しいっつーか、いまはなんか稼いでるみたいだしさ。それでいいんじゃねえかなっていう気分だ。育ててもらっといて偉そうなんだけどね」
 発泡酒を一口飲んで、でもまあ、と続けた。
「親父とお袋の老後の世話はね、せめてもの恩返しとしてしっかりやる。そのためにもっとがんばらなきゃな」
「いいとこあるな。いまのはシブい」
 ハールが感心したようだ。
「褒めないでください」
「いや、かっこいいって」
 僕まで褒めたのでユッフはさらに照れてしまい、チューハイの缶を開けてガブ飲みした。二日酔いが心配だ。
 その後も飲み続けた。飲むとよく喋る三人なので話は尽きない。
 この日は昔話が出た。ハールが高校の三年で僕とユッフが一年だったときの話だ。全員同じ高校に通ったのだった。
「ヤバい先輩がいるっていうのは噂になってたんすよ」僕ははしゃいでハールの過去を蒸し返した。「関わっちゃダメだっていってましたね、みんな」
「そうなのか。気づかなかったけどな」
「ヤクの売人だの少年院上がりだの、チャイニーズマフィアの息子だのって散々だったよな」ユッフが楽しげにいったので、そう、といってまた僕は話した。
「あと、ハールさんが廊下の向こうから歩いてきて、ヤンキーがよけてたのは忘れがたい。それはもう、つまり極道ということでしょう」
「いや、それをいっちゃ極道さんに失礼だよ。俺ハンパもんだよ? さばいてたのは合法のヤクだったし」
 二十秒ほど誰も喋らなかった。
「あ……本当に売ってたんすね」ユッフがビビッていた。僕もちょっと引いた。冗談かただの噂だと思っていたのだ。
「当時の薬事法だとか、ヤク関係の取締法だとかに引っかからないやつだよ。非合法指定されたときに足を洗ったよね、MMからは」
「MMってなんすか」ユッフが恐るおそる訊いた。
「マジックマッシュルーム。キノコなんだけど、LSDよりマイルドな幻覚剤で、有効成分はシロシンとシロシビンっていったかな? あれ簡単に栽培できるんだよね、シャーレで培養して菌塊を作ってさ。雑菌が入らないようにしなきゃいけないのが神経を使うところ」
 僕とユッフは、はあ、とか、ほう、とかいうしかなかった。アホなことやってたなと思うよ、とハールはグラスのウイスキーを飲んで懐かしそうに呟いた。ハールとしてはしみじみ懐かしむようなノリでいいのだろうか。
「まあ、ね、ドラッグっていうくくりでは酒だってそうですし」
 いらぬフォローをしてしまったかと思ったが、ハールは、そうなんだよね、酒で十分なんだよ、とまじめな返事をした。
「いっそハイヤームみたいにさ、ずっと飲んだくれてたっていいんじゃないか? 人生として悪くないよ」
 ユッフが顔で疑問を示したので、僕は注釈を入れた。「ハイヤームは昔のペルシアの詩人な」
 喋っているうちに酒がなくなってきた。いい加減酔いも回り、適当なところでお開きとなった。
 例によってハールたちは雑魚寝、僕だけベッドを使う。倒れ込んだベッドで沼に沈んでいくような感覚がした。
 翌朝は物音で目覚めた。ハールたちがバイトへ行く準備をしているのだ。重たく感じる頭をおさえ、リビングにいる二人に声をかけた。
「おはよう、行ってらっしゃい」
「あいよ」
「行ってくるわ」
 ハールとユッフがそれぞれ返事をして、しばらくしてドアの開閉の音が聞こえた。まだ眠い。酔いも残っている。もう少し横になっていた。
 どうにかまともな体調になってきて、腹がへってきた。ベッドから出てリビングでロールパンを食べた。
 朝食が済み、ボーッとしてしまう。テレビくらい買ってもいいかもしれない。この家にある娯楽は本くらいのものだし、僕はスマホなんかも持っていない。ネットができて、暇つぶしによさそうなのだが。
 風呂に入ってから外へ出た。散歩をするのだ。どこへ行くというあてもないままブラブラと歩いた。ユッフが見つけたという古い喫茶店を探してみたが辿り着けず、引き返してラーメン屋で早めの昼食をとった。
 五目そばを平らげて、テレビを見つめて、また店主に睨まれたところで店を出て帰宅した。
 今日は考え事をしなかった。ただぼんやりダラけていた。
 夕方になり、ハールが帰ってきた。疲れてそうなので、お疲れ様っす、とねぎらった。
「いつまでもやる仕事じゃねえなあ」
 しんどそうに床にゴロリと横たわった。仰向けで天井を見つめていた。
 夕食には早く、ユッフもまだ帰っていない。また酒を飲むのだろうから、僕たちはユッフを待った。ハールはまた本を手にした。

(続)

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