現代の社会課題を取り巻くいくつかの「キーワード」に関連して


2021年のダボス会議を皮切りに「グレート・リセット」(社会システムの刷新)の議論が国際的に進み、岸田総理も小泉政権以来の構造改革路線を転換し、成長と分配の好循環を作り出す「新しい資本主義」の推進を表明した。内閣に「新しい資本主義実現本部」が設置され、これまで開催された3回分の会議資料が内閣官房のホームページにて公開されている。昨年10月に開催された第1回会議の「新しい資本主義実現に向けた論点」という資料の中には「分配の原資を稼ぎ出す「成長」と、次の成長につながる「分配」を同時に進めることが、新しい資本主義を実現するためのカギ。」と記されている。しかし「成長と分配の好循環」というフレーズは安倍元首相も好んで使っていた。
 これまでの日本の資本主義は構造改革という名のもと新自由主義を徹底してきたが、経済の成長率は伸びず環境負荷も増えた。今「脱成長」というコンセプトを、斎藤幸平氏の啓発もあり、よく目にするようになってる。これは脱成長を格差貧困や気候変動への是正策とする、グローバル資本主義や新自由主義への批判だ。しかし中野剛志氏(※)が指摘するように「1980年代以降、新自由主義政策を採用した国の成長率は、それ以前と比べて軒並み低くなっている」とすれば、正確には「脱成長」ではなく「脱・成長戦略」という事になると思う。
「脱・成長戦略」や「リローカリゼーション」(地域回帰)、「サーキュラーエコノミー」による資源消費の抑制は、環境対策のアプローチとしては賛同できるだ。しかし経済対策については、ピケティの「r>g」という不等式によって格差や不平等は世襲されていく事が分かっており、すでに1%の富裕層が世界の個人資産の4割近くを保有している現状において、「脱・成長戦略」だけでは課題解決としては不十分であると思われる。
そこで世界では国際課税ルールの制定(2023年に実施)を進めたり、「社会的連帯経済」という言葉も頻繁に使われ始めている。政治の世界でも「ミュニシパリズム」という、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成を、経済的合理性などより優先させるような取り組みがヨーロッパを中心に広がっている。
日本も同様の議論を進めようとしているように見えるが、どうもこれまで日本は徹底した新自由主義には進めていないように思える。日本の失業率と国際比較するとかなり低く(失業率174か国中135位)、倒産率も低い。3方よしの美学が、良くも悪くもビジネスにも政治の世界に根付いているように思う。良く言えば、社会的連帯経済が比較的進んでおり、「平等に貧しくなろう」という上野千鶴子節を体現しているように思える。個人も企業も預金や内部留保をため込み、日本国債も海外保有率は10%程度。消費や賃金は伸びないが、今回のパンデミックのような大きなリスクに常に備えているという、災害大国日本ならでは国民性も強みでもあると思う。
しかし、着実に日本は経済的にも政治的にも海外への依存度を高めており、また、保守的であるからこそ大きな変革が起こせず、緩やかに衰退の道を歩んでいる。寺田倉庫やカタログハウスは、経営戦略として拡大路線を脱却し注目を浴びているが、少子高齢化が進む日本において持続可能な経営戦略のパイオニアに協同組合はなれるのか。
社会的連帯経済を称賛し推進するだけでなく、連帯の中でこそ発生する経営課題に向き合い「新しい資本主義」の更に先を体現していかなくてはならない。「ポスト真実」と呼ばれる現代は、批判することで真実を解き明かすのではなく、対案が曖昧であっても、嘘や間違いを指摘する事自体が十分目的となる時代だ。「ビッグデータ」の活用によって、より客観性の高い情報にたどり着けるようになった現代において、なぜ嘘や間違い蔓延るのか。
 


※ 参考 「脱成長」論が実は「経済成長」を導いてしまう逆説     https://toyokeizai.net/articles/-/466956