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第八回「巨人の星」(その2)(2014年10月号より本文のみ再録)

 『巨人の星』は正しく評価されているだろうか?
 筆者が以前より抱えていた疑問に対する考察から前号は始めた。「いわゆるカッコよかないが、むしろカッコわるい試行錯誤のくり返しの中から磨かれて底光りする真のカッコよさ」「はためは滑稽だろうが、バカに見えようが、本人は一生懸命な男の美でありロマンである」(※1)
 上記の言葉が示すように作者が『巨人の星』で描きたかったのは、当時あったオトナたちの結果万能の風潮に対するアンチテーゼであり、主人公の美しい敗北と限りなき前進の姿であった。
 しかしながら、前号で述べたとおり世間の受け止め方は違っていた。自身が果たせなかった夢を息子に対して厳しく鍛える星一徹と、父の教えに従う過程で学び成長していく星飛雄馬の美しい親子愛の物語として、まるで道徳の教科書のように扱われてしまったのだ。
 これにより、昭和マンガ史において『巨人の星』が、汗と涙、努力と根性といったキーワードを盛り込んだ感動の作品として繰り返し語られるようになった結果、大上段に構えた台詞や友情・親子愛を賛美する感動マンガというイメージが世間一般に強く刷り込まれてゆく…。
 筆者は、こうした作者の意図と世間の評価の間に生じたズレこそが、冒頭の疑問に対する要因のひとつであると書いたのである。さて今回は、そのことがどういう影響を及ぼしたか、というところから書き進めていこう。

※『巨人の星』作品データとあらすじ


世間が抱くイメージが及ぼした影響とは?

 その影響を一言で言うなら、「私は『巨人の星』が好きだ!」と公言しづらくなったことにある。
 ひとつの作品が長く愛され続けたり、広く親しまれる背景には必ず多くのファンの存在がある。彼ら・彼女らの「私は○○が好きだ!」という作品への熱い想いと行動が、作品にまつわる1エピソードを伝説として語り継いだり、多様な視点が評価を多面的に広げていき、それが新しいファンを作り増やすキッカケとなってゆく。
 しかるに『巨人の星』はどうだろう?あれほど作品やキャラクターの認知度がありながら、それを愛し、語るファンの存在が稀薄ではないか。ファンはいないのか?否、個々にはいるが皆それを表に出さない(出せない)隠れファンなのではないかというのが筆者の推測である。
 そう考えるには理由がある。筆者は梶原一騎のファンサイト『一騎に読め!』(98年開設)を16年に渡って運営しているが、資料・研究のため古書店をめぐっても作品に特化した書籍はほとんど見つからない。また、サイトを通した交流が広がっていくなかで『巨人の星』のファンサイトを見たこともないし、掲示板の話題でも語る人はまれにしか存在しなかった。現在ネットの主流であるSNSでも同様である。確かに某巨大掲示板には単独スレッドが立ち、話題が繰り広げられているが、いわゆる“ネタ”的なもの(一徹のちゃぶ台返しが何回とか、花形が小学生なのにスポーツカーとか)が中心で、作品に関しての分析・評論に関するものがとても少ない。
 このように、知名度は抜群ながら作品を愛するファンの存在がマイノリティであること。ファン自身が好きなことを公言しづらいイメージ。テンプレートのような作品解説や評論。まるで負のスパイラルのような状況が『巨人の星』にはあって、それが故に正当な評価に繋がっていかないように思えてならない。

再評価への第一歩2016年に向かって

 振り返ってみれば、1966年の連載開始以降『巨人の星』再評価のチャンスは何度か訪れてはいた。80年のテレビアニメ再放送での高視聴率(※2)による劇場映画化や02年に『あしたのジョー』と併せた雑誌『ジョー&飛雄馬』の創刊など。しかし、いずれも製作者サイドの思惑に応える結果には結びつかなかった。
 だがしかし、2年後の2016年に『巨人の星』は連載開始50周年を迎え、生みの親である梶原一騎も生誕80年というWメモリアルイヤーを迎える。次に訪れるその時期が、もう一度作品を見直す絶好の機会ではないか。もちろんそれが大きなムーブメントとなる確証はない。しかし、序文に書いた原作者の作品に込められた意図を読み込めば、大切なのはそれに向かって行動することだと理解できるはずなのだ。昭和40年男の梶原ファンは、ぜひ声を大にして「巨人の星が好きだー!」と叫ぶことから始めてほしい。想いをさまざまな方法で吐き出して、同じ仲間の輪を広げてほしい。そうした行動が『巨人の星』再評価の第一歩になると筆者は信じている。
 今回も小説版で梶原一騎によって語られた『巨人の星』のテーマで締めよう。第4巻より。
 根性の条件とはなにか。
 努力といい、根性というが、それさえも万事を利益につなげる現代の風潮に、むしばまれてはいないか。
 努力とは、根性とは、百円を十回つめば千円になるように、それをしたから、それがあるから、かならず成功するものではない。
 むくわれる結果はゼロかもしれぬが、しかし、それでも精根かたむけて、つみかさねられる努力こそ根性であり、だからこそ美しい、かぎりなく美しい。

 さて、次号からは昭和40年男と『巨人の星』について語っていこうと思う。乞うご期待!

※1 いずれも「巨人の星」わが告白的男性論(梶原一騎/文藝春秋 1971年12月号掲載)より
※2 なかでも2月19日放送分において28.2%と歴代25位の視聴率を記録

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【ミニコラム・その8】

『巨人の星』アナザーストーリー
大人気マンガだった本作は、掲載誌である『週刊少年マガジン』と並行して『別冊少年マガジン』にもいくつかの読み切りを載せている。いずれも本誌では省略されている星飛雄馬の中学生時代のエピソードが描かれている。
【その1:1967年4月号】
飛雄馬が所属する草野球チームに連敗中の土建業チームがスカウトした元プロ野球選手・黒部猛巳との対決話。現在まで単行本に未収録の幻の外伝だ。
【その2:1967年8月号】
孤児院で育った少年・ポール矢吹と飛雄馬の野球を通じた交流話なのだが、後編にあたる12月号は川崎のぼる先生の怪我で休載となり未完のままとなった。長年単行本未収録だったが、後にサブカル本に収録された。
【その3:1968年4月号】
飛雄馬の配慮により運動音痴からスポーツマンに成長した元クラスメート・青島光彦の中学生時代を回想した話。掲載後は単行本にも収録されており、ご記憶の方も多いだろう。

第七回「巨人の星」(その1)を読む!

第九回「巨人の星」(その3)を読む!

第八回「巨人の星」(その4)を読む!