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第十回「巨人の星」(その4)(2015年2月号より本文のみ再録)

 1970年暮れ、梶原一騎の名を一躍世に知らしめた大出世作『巨人の星』も、4年9ヶ月に及ぶ長期連載に幕を降ろす時が訪れた。そのクライマックスは、自らの投手生命をかけて挑んだ完全試合という偉業が成し遂げられるか否かという展開だった。最終打者として打席に立つのは、かつての親友・伴宙太。彼に魔球攻略の策を指示したのは父・一徹。カウント2‐3からの最後の1球で、飛雄馬の左腕が破滅の音を立てた。成るか⁉完全試合…。
 昭和40年男であれば、このラストの展開はきっと記憶に深く刻まれているはずで、「何を今さらなことを」と思うかもしれない。だが、あなたはその結末を覚えているだろうか?その答えは「完全試合が達成されたのかどうか、ハッキリとわからない」という意外なものだった。
 たとえ物語の途中に波乱があっても、最後の結末には大団円・ハッピーエンドで締めくくるという、当時のマンガ作品におけるセオリーを覆した意外な結末。今回はその最終回に梶原が込めたメッセージについてあらためて語ってみよう!

※『巨人の星』作品データとあらすじ


一徹の台詞に込めた梶原流・戦いの美学

 本作の連載終了後に、梶原が書いたエッセイ『男たちの星』(※1)にこんな一文がある。
(『巨人の星』執筆の動機として)「あまりにも結果万能主義に毒された世相に対する、私なりの挑戦である」
「そこに山があるからのぼるーのぼりもせず山の高低などをあげつらって笑うやつなんて男ではないのである」
 
梶原の考える戦いの美学とは、勝ち負けが問題なのではなく、そこに至るプロセスが重要であるということなのだ。自らの力で再起を果たし、父の挑戦も見事に退けた我が子にかけた一徹の台詞「塁審の判定ごとき問題ではないっ わしの負け…いまおまえはパーフェクトにわしに勝ち この父をのりこえた…わしら親子の勝負はおわった!!」。完全試合という記録達成の成否がクライマックスなのではなく、それを成し遂げようとした飛雄馬の姿こそが本作のクライマックスであり、梶原の伝えたかったメッセージなのだ。

昭和40年男も嘆く、悲劇の男・飛雄馬の結末

 しかし、そうしたメッセージが全ての読者層に理解されていたのかと言われれば疑問がある。かくいう筆者もあの意外な結末にはかなり困惑した。
 本作をリアルタイムで体感していない我々昭和40年男にとって、結末を読むのは単行本が初めてであろう。筆者の場合も、当時再放送していたテレビアニメの展開を早く知りたくてそろえた単行本で結末を読んだ。その時の情景は今でもしっかり覚えている。自分にとってのヒーローである飛雄馬が選手生命を失い、完全試合も不確定な上、友人の幸せを見届けて孤独に去ってゆく…。マンガにせよテレビにせよ勧善懲悪、単純明快な世界しか知らなかった子供な自分にとって、カタルシスのかけらもない結末はとにかく悲しかったし不満だった。
 あんなにすごい魔球を投げる男が、左腕が使えなくなったという理由で野球を辞めるなんて許せず、最後の頁を読んだ11歳の筆者は「右で投げればいいじゃないかぁ!」と叫んだ。幼くて作者のメッセージの全ては汲み取れなくても、作品を愛読してきた悲しみと熱意が天に届いたのか(笑)、昭和40年男たちは星飛雄馬のたちのその数年後に『新巨人の星』(※2)で劇的な再会を果たすことになる。実は昭和40年男にとっては『巨人の星』よりもコチラの方が(いろんな意味で)思い出深い作品ではあるのだが、別の機会に改めて存分に語ってみようと思っている。
 『巨人の星』がマンガ史に残る名作であることに異論を唱える者はいないだろう。しかし、その魅力を分析し論じる書籍や番組は、作品の評価に比較して決して多くはない。本連載において全4回に渡り筆者が述べたことが、その一端を担えたのかはわからない。しかし今回述べたように、成果ではなくそれに向かう努力が重要だとすれば、機会を作って何度でも挑みたい。不死鳥・星飛雄馬のように。
 最後に、『巨人の星』小説版第3巻に梶原一騎によって書かれたテーマで締めたいと思う。
 勝利の条件とはなにか。
 たんに、かたちのうえの勝ちを勝利とするなら、けもののあらそいにひとしい。
 人間の勝利は結果にあらず、結果をめざす遠い道に、いかなる足あとをしるしたかになる。
 いかに努力し、いかに戦い、たおれてはまた、いかに立ちあがったかにある。
 したがってー、
 勝利よりも、けだかい敗北もありうる。

 昔読んだきりでストーリーもおぼろげなアナタ!本棚にコミックスを眠らせているアナタ!そして折に触れ読み返しているアナタ!これを機会に『巨人の星』を一騎に読め!

※1 『漫画ゴラク』1972年10/19号~73年11/22号連載
※2 『週刊読売』1976年10/2号~79年4/15号連載

『巨人の星』を読んでみよう!(Amazon kindleへのリンク)

【ミニコラム・その10】

星飛雄馬クロニクル
 「巨人の星をおれの新しい人生のにおいて こんどはどんなゆめの星にするかな?」
。飛雄馬がこうつぶやいて読者の前から姿を消した1970年の暮れ。それから6年後に続編『新巨人の星』で再び読者の前に現れるのは、昭和40年男諸君であれば基礎知識であろう。だが、それ以前の空白の数日を描いた短編が存在することはご存じだろうか?『週刊少年マガジン』の創刊20周年記念として読切連載された『巨人の星外伝 それからの飛雄馬』(※3)である。今は亡き恋人・美奈との想い出の地・宮崎を訪れた飛雄馬と地元の高校野球部との交流が描かれている。さらに『新巨人の星』完結後、続けて連載された『巨人のサムライ炎』(※4)の序盤にも登場する。右投手としての限界に苦悩する飛雄馬が主人公・水木炎を後継者と見込み、大リーグボール養成ギブスを譲る姿を最後に再び読者の前から姿を消す。結果として星飛雄馬は連載から足掛け13年という長期に渡って生き続けたキャラクターとなった。

※3 『週刊少年マガジン』1978年7号
※4 『週刊読売』1979年5/20号~80年8/17号連載(画・影丸譲也)

第七回「巨人の星」(その1)を読む!

第八回「巨人の星」(その2)を読む!

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