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第十四回「紅の挑戦者」(その2)(2015年10月号より本文のみ再録)

「会長...おもしろいな...」
 キックボクシング協会から除名処分を受け、師弟二人だけで地方をめぐるドサ興行を経て、悲願のプロデビュー戦を迎えた主人公・紅闘志也。しかし、サッカーからの転向間もないため、技術の未熟さゆえに大苦戦を強いられる。血みどろで奥歯も折られ、唯一頼みの必殺技・オーバーヘッドキックも封じられてしまった紅がつぶやいた台詞が冒頭の一文である。
 言葉の意味を問う会長に対して、なおもこう語る。
「おれ...サッカーじゃ なにをやってもうまくいった...(中略)だがよ,,,そいつが キックではうまくいかない...そこが おもしろい...やりがいがあるぜ...」
 苦境に直面しても、それすら自らを鍛え高める境遇として受け止めるだけではない。そこに喜びすら感じ、さらに挑んでゆく主人公の(その名のとおり)“闘志”あふれる名台詞&名場面だ。
 これこそが本作で梶原が読者にぶつけたいテーマではないかと筆者は考えている。容易には届かない大いなるもの(夢とか理想とか)に懸命に挑む、真摯な姿をとおして、ただ一度しか生きることのできない“今”を、厳しく激しく生き抜くこと。それが青春なのだと梶原は語っているように思うのだ。
 梶原マンガの主人公たちは、それぞれ大いなる星を胸に抱いて生きている。紅もまた“底知れぬ強さを持つ男・ガルーダと闘うこと”を自らの星として一途に挑んで行く、今回はその挑戦の日々の前半部を中心に取り上げていくとしよう!

※『紅の挑戦者』の作品データとあらすじ


同じ星を抱く男、剣持隼人という存在

 本作前半のクライマックスといえるのが、紅と同階級の王者・剣持隼人とのタイトルマッチのエピソードだろう。そのなかでも試合決定に至る流れが、冒頭で語っている作者のテーマにつながっているので是非紹介したい。
 辛勝を重ねながらランキング3位まで上り詰めた紅を、剣持自らが次の対戦相手に指名する。現時点での互いの実力差を痛感している紅は、返事に迷ったまま第二の必殺技を求め、人里離れた山奥で特訓の日々を過ごしていた。そこへ剣持の妹・美湖から送られた手紙が届き、ジムの内部情報である剣持の階級転向と王座返上の計画を知ってしまう。無益な闘いを行わなくとも時期を待てば王座は空位となり、剣持不在なら王座獲得もより可能性が高まる。紅を密かに慕う美湖の厚意による情報であったが、その手紙を読んだ紅はすぐさまふもとに降りて正式に挑戦を受けることを承諾する。
 「おれって...おれの心のうごきって...おれ自身話からねぇ」
 紅自身でさえも理解に苦しむ自らの行動。新必殺技の糸口もつかめず、このまま闘えば敗北は必至であるにもかかわらず、挑まずにはいられない紅の揺れる心情をあらわした台詞といえよう。これとは対照的に、この一戦を機にガルーダ挑戦への宿願を公表した剣持は自身の心情をキッパリこう表現している。
「危険だからこそ 勝ちめなしと いわれるからこそ あえて 挑戦するのですっ 燃えるのです‼︎」
  
不思議な情熱に駆られ、あえて平和と安全を捨てて、同じ大いなるモノに挑む二人の挑戦者の闘いの結末は...ぜひ、その目で確かめてほしい!
 ところで、原作者・高森朝雄として『あしたのジョー』を越える代表作を目指し、意欲的に取り組んだ『紅の挑戦者』であったが、狙いどおりの反響を読者から得られたのかといえば、決してそうではなかった。
 題材としたスポーツ(キックボクシング)人気が凋落の一途をたどっていたことも要因のひとつには違いない。だが、同誌連載中の『愛と誠』が大ヒットとなり映画化も決まる一方、『空手バカ一代』が極真カラテブームとの相乗効果で盛り上がっていったことも見逃せない要因ではないかと筆者は推測している。ただでさえ多忙を極め、他誌にも多くの連載を抱えていた梶原にとって、力の入れ具合は当然人気作に偏らざるを得ない。その流れにより本作が自然に割りを食った形になってしまったのではないだろうか。
 ただ本作がダメというよりは、他が予想外にすごすぎたというべきなのだろう。もしもキックボクシング人気の高かった60年後半か70年初期に連載していたら...、テレビアニメ化になっていたら...、本作はもっと評価が違ったものになっていたと思う。

主人公の強化策としての衝撃のテコ入れ展開!

 序文でも触れたが、本作の主人公はサッカーからキックボクシングに転向した異色の経歴を持つ。ゆえにキャリアも技術もゼロから学び成長し、最終的にはケタ外れの強さの王者に挑むというのが基本的な展開だ。この展開にマンガとしてギリギリのリアリティを持たせるために考え出された結論が、主人公の技術の未熟さの描写と幾多の必殺技であった。
 しかし格闘技の世界を熟知している梶原は、物語が進むにつれて、その手法に限界があったことに気づいていたと思われるフシがある。対戦相手の強さが増してゆけばゆくほど、それに勝つためのリアリティとして“偶然”“幸運”という要素を盛り込まざるを得なくなるのだ。一例を上げると、かつてガルーダと出会ったバンコクに再び出向き、東洋ライト級の王者とのタイトルマッチを行い、勝利する紅。だが勝てた理由は“敵の慢心”でしかなかったのだ。
 梶原は、こうした展開を打破し、ストーリーにテコ入れする必要性を感じたのであろう。なんと宿願の敵・ガルーダが設立したキックボクサー養成機関・蛇の巣(昭和40年男諸君には『タイガーマスク』の“虎の穴”のような特訓施設だと言えば、そのすごさを想像してもらえるだろうか)に紅を入門させてしまったのだ。
 敵地で自らを鍛える主人公の挑戦は、その後どのように展開していくのか。次回・その3を乞うご期待!

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【ミニコラム・その14】

リユース(⁉︎)される数々の必殺技
主人公やライバルたちが繰り出す、荒唐無稽だが魅力的な数々の必殺技。梶原作品ではそれらが名称を変えて別の作品で再登場することがある。一例を挙げると紅闘志也の必殺技・オーバーヘッドキックも『格闘王V』(1969~71年『まんが王』〜『冒険王』画・みね武)では大回転Vキックとして登場している。また昭和40年男には印象深い『柔道一直線』(1967~71年『週刊少年キング』画・永島慎二/斉藤ゆずる)のライナー投げ、『柔道讃歌』(1972~75年『週刊少年サンデー』画・貝塚ひろし)の大竜巻落としは、共に『ハリス無段』(1963~65年『週刊少年マガジン』画・吉田竜夫)に出てくる地獄投げやハリス流スクリューおとしが元祖である。こうした細かなリンクを楽しむのも梶原マニア道といえよう⁉︎

第十三回「紅の挑戦者」(その1)を読む!

第十五回「紅の挑戦者」(その3)を読む!

第十六回「紅の挑戦者」(その4)を読む!