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【小説】水族館オリジン 7-I

chapter VII: 翁撫村①

翁撫(オーブ)という名前、珍しいでしょ? 小学校の総合の時間で村の歴史を勉強しました。そのときポルトガル語のオーヴォからきたのだとならいました。
オーヴォは楕円、つまり卵のことです。でも、なぜ何百年も前からポルトガル語でよばれていたのか、それはわかりません。少し飛び出した村の西端の半島にむかしむかしポルトガルからの船が来て、そんな名前をこの土地につけたのかもしれません。昔から『おうぶ』と呼んでいるところに漢字をあてたみたいです。おうぶなら、凹部でもいいのですけど。それはもしかしたらこんな場所だからかもしれません。

村の海岸線は外海にむかってひらいています。ほとんどが砂浜で、西端の飛び出している半島の上に水族館があります。そこへ何本も川が注ぎ込み流れを作っています。小さな川ですが流れは速くて勢いがあって、半島の付け根に深いくぼみをつくっています。いろんな魚が川と海の水が混じり合うところ、流れが緩慢になったところにやってきては卵を産みつけます。
魚だけじゃなく村には、いろんな人たちも流れてきます。半島の付け根のくぼみは懐が深くて、お魚と人間が育つ場所です。だからオーブって呼ばれているのだと私は思います。

そんな話をしたら崇君は、知っていますよ、とこちらを見ずに言いました。

「だからここに水族館をつくったのじゃないですか」

あたりまえだ、あなたはしらなかったの? 
と振り向いてこちらの目の中をのぞき込むので憎たらしくなります。

「外海は波が荒いからね、こうした水流の溜まりがあるのは珍しいことなんですよ。
魚類の専門として大変興味深い。潮の流れがあり酸素濃度が高く、海の端としても栄養分が豊富。稚魚が流されずに育ちやすい環境でもあるんだ。それだけじゃなく、海中の入り組んだ凹みや洞窟があって魚たちにとって安全で住みやすいんだ。 つまりここの海はとても豊かなんだよ」

まぁ、ものしりだこと。
すこしぐらいいやみを言ってもいいでしょ。
だって本当に嬉しそうに話すんですもの。

私はいちども洞窟には入ったことはありません。
崇くんのいっていた海の中の洞窟は、砂浜から近いところにあります。
わたしは女の子だし、一人で本を読んでいるのが好きな子供だったので、参加したことはありませんでした。みんながあの場所に集まるのは知っていましたけど。
そしてなにかをしていることも。

あの場所には、
洞窟と聞くと枕詞みたいにいつも思い出す出来事がありました。

竹やぶがせまっている海岸は子供の頃からの遊び場でした。友達と遊ぶのも、考えごとをひとりでするのもいつも海岸でした。視界の先にみえるはずの砂浜をかくすように篠竹が何メートルもつづいています。密生した篠竹は一見ただ茂っている様にですが、腰をかがめた内側には細い道が何本も通っています。
それは長年子供達が踏みしめてできたもの。そこへ夕方になると学校を終えた子どもたちがあつまってくるのです。小道は、
ぐるぐる、
ぐるぐる、
と林の中を歩き回らせ、
なんども、
なんども
曲がり、時には分岐しながら、
どんどん
どんどん
奥へ
奥へ
入る人間を招き入れ
振り回し、
振り回し、
あまたの出口があたかもあるかのように振る舞い
ついにはつまらないひとつの出口にポンと放り出すのです。

いっぽんの道だけ砂浜につながっているのですが
それをしらない大人は、子供も、海岸にたどり着くことはできません。
最初から海までゆける人はひとりもいないのです。

わたしには、わたしだけの道があってわたしだけの海岸もあります。そこには海に向かって少しだけ竹林がせり出しているです。そこからは下の篠竹の中を子どもたちが透けて見えます。
集まってくるのは男の子と、小学校でおてんばでしられている女の子2、3人。たしかだれかの妹だったと思います。その子たちは、学校にやってくると崖の上の篠竹の茂みにもぐりこみ、下着だけになって海の中へと入ってゆくのです。

篠竹の茂みをぬけところから砂浜がみわたせます。
そこら砂浜までの砂の上に細い水路が何本もできているのもみえます。
これは茂みに降った雨が海に向かって流れてできたもので、茂みからの傾斜をどんどんなだらかにしている気がします。でもこの水路に満潮になると消えてしまいます。

洞窟の入口はたぶんその奥にあるのだとおもいます。

その子たちは、1年生から6年生の兄弟と友達のグループで、1番小さい子が水路の先へゆくと見えなくなってしまいます。それくらいの深さがあるのです。

小学生の時わたしはその様子をいつもの場所から見ていました。
いつも小さい男の子が最初にみえなくなり、次に女の子が降りてゆき、その後を男の子たちがワイワイ言いながらついてゆきます。しばらく大さわぎが続き、すると急に音楽団がどこかに消えてしまったみたいな淋しい静寂がやってきます。
そして彼らが砂浜のどこにもいないのを知るのです。
どこへ行ったんだろう?
ちゃんと帰ってくるのかしら?
自分の鼓動が聞こえるくらいドキドキします。毎回です。

本をよもうとしても目は文字の上をすべるばかり。
捕まえてみたところで意識の上をすべり
ちっとも意味を結びません。
しかたないから、ただ目を落としていると、
少しずつそのことを忘れ、すこしずつ言葉がタマムシ色に光りだす。
すると待っていたように、あざ笑うように、
びしょ濡れになったあの人たちが、
入った時と同じようににぎやかに帰って来るのです。
おおきなアオブダイ、コブダイ、イシダイの
あざやかな腹が篠竹の波頭の隙間にみえます。
青い、自然界に珍しい色に私の目は吸い寄せられます。
頭からすっかり濡れているのに、地下の水はずっと温かいのか、
おりてゆく時は無口だった女の子たちまで
声をたてて笑っています。
その妙にあかるい尻上がりの声が耳について。

そういうのがいつものことで、わたしはあまり気にしないようにしていました。

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