どうして人は、人を嫌うのか

　あなたは、他人を嫌いになったことはありますか。
　他人をどうでもいいと思ったことは、ありますか。

　多くの方が「Yes」と答えるでしょう。今までこの質問に「No」と答えた方に、僕は出会ったことがありません。相性が良くない人は、誰にとっても存在しますし、世界中すべての人が分かり合えるとは思っていません。
　ただ、僕はこれまで人を本気で嫌ったことはありませんでした。
　「ちょっとこの人苦手だな」
　「その発言はどうなんだろう」
　そう思った経験は、何度もあります。それらを含めるとすれば、子供の頃からたくさんの人を嫌ってきたことでしょう。
　しかし、どうしてもそこからは発展したことがなく……。人を心底憎んだり、恨んだりした経験は、大学生になるまで一度もありませんでした。元々、誰かの悪い面を見てしまった時に、「でもこの人はこういう良い面もあるからなぁ」と考えてしまい、結局許してしまう自分の性格も要因の一つでしたが、それ以上に、友人関係に恵まれたことや、周囲の大人たちが守ってくれたことが大きかったように感じます。

　ただ、大学生になって初めて、人を憎む出来事がありました。おそらく、今後の人生であれほど大きな感情を持つことはないでしょう。どす黒くて、重くて、汚くて、気持ち悪くて、吐き気を催すその感情は、誰にもぶつけてはならないと僕は思っていました。大学生活の中で、父の病気について漏らしてしまうことはあっても、その経緯までは誰にも話しませんでした。
　愚痴や噂話を聞くことはよくありますが、それを誰かに言いふらすようなことは個人的に苦手だったことも、影響していたかもしれません。人の悪口を聞くと、あまりその場にいたくなくなります。その人のための指摘ならまだしも、一方的な罵詈雑言は聞くに堪えません。故に、自分のこの感情を表に出したくありませんでした。気を遣わせたくないし、同情されたくないし、気分を悪くさせたくない。でも、知ってもらいたいし、同じような人を作りたくないし、アドバイスをもらいたい。当時の感情には、今も正確に名前をつけることができません。間違いなく、人生で一番辛い数年間でした。

　でも、実際に父の死を記事として発表してみて、一つわかったことがあります。それは、「負の感情を周りと共有することで、心は軽くなること」です。「何を当たり前なことを……」と仰る方がいらっしゃるかと思いますが、知った上で実践できている人は、意外と少ないはずです。「知ること」と「実践すること」の間には、雲泥の差があります。
　多くの方からたくさんの言葉をもらい、少しずつ僕の心は軽くなってきています。幸運なことに、批判などのコメントは直接僕のもとには届きませんでした。自分と同じように考えている人達がいました。同じように苦しんでいる人達がいました。

　苦しんでいたのは、自分だけじゃなかったんだ。
　
　道理で、人は愚痴や噂話が好きなわけです。あれも小さな息抜きの一つであり、負の感情を吐き出す場なのですから。

　では、なぜ僕は今まで人を憎まなかったのでしょうか。なぜ負の感情が大きくならなかったのでしょうか。おそらく、他人を嫌いになる理由を探す以上に、自分の中にも理由を探していたんだと思います。
　何か悪い出来事があって、あいつはここが悪かった。でも、自分のここも悪かったからしょうがない。そんな思考を続けてきたように思います。僕がお人好しと言いたいわけではありません。ただ、他人を傷つける勇気がなかっただけです。
　今回、自分の悪い理由を探し続けて、自分を痛みつけて、心を傷つけ続けて、初めて他人に矛を向けました。

　流石に、お前の方が悪い。

　きっと過去にタイムスリップして自分が最善を尽くしても、結果は変わらない。

　もうこれ以上、自分は責められない。

　いざ矛を向けてみると、今までこの矛はどこを向いていたのか、気になりました。

　ああ、今まで僕は人を嫌う代わりに、自分を嫌いになっていたのか。

　

　負の感情を溜め込むことは、誰でも経験があると思います。一人ひとり、負の感情を溜め込む心のタンクがあって、タンクの形や大きさは個人差があります。コップ一杯で満タンになる人もいれば、プール一杯の水を入れても半分に満たない人もいる。そしてきっと、誰しもが何らかの方法で、その水を外に出している。自分の側か、他人の側に。
　どちらが良いとかいう話ではなくて、結局のところ、バランスが大事なんだろう。自分の側に出し続ければ、自分の心が壊れてしまうし、他人の側に出し続ければ、他人の心が壊れてしまう。だから、世界から自殺はなくならないし、殺人もなくならない。うつ病になる人は絶えないし、誹謗中傷の嵐は衰えない。
　一見平穏にみえるあなたの周りの日常も、実は際どいバランスで成り立っているかもしれない。

　これからはちょっとだけ、他人を嫌ってみようかな。

　自分を守るために、他人の迷惑にならない範囲で。

　あなたは、自分を嫌いになったことはありますか。
　自分をどうでもいいと思ったことは、ありますか。