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ICT 支援員業務日誌「小1のタブレット」

 小学1年生のタブレット上にキャラクターが現れるとクラスの雰囲気がガラリと変わる。
「第一問、ポケモン・キャラクタ4つの中から「ピカチュウ」を選んでから「答える」ボタンを押しなさい。」
制限時間30秒が過ぎて正解が表示され、正解者で早く答えた者3名の名前が画面に表示される。すると小学1年生の教室は興奮の坩堝(るつぼ)と化す。小1の喜びそうなクイズを作ってタブレットで出題して「答える」ボタンを押させると、教師のタブレットに何名が答えたかが表示される。全員が答えを選んで「答える」ボタンを押すか、あるいは制限時間が過ぎた場合に、児童の画面に結果が表示される。当然、児童は大喜びである。1年生になって初めてタブレットを配布して、ロイロノートという学校用アプリのゲームモードのテストを実施した様子である。
 たった1時間でここまで行うには随分長い準備期間が必要だった。業者から届いたタブレットのパスコードは「111111」である。このパスコードは変更の必要がある。しかし、小学1年生が古いパスコードを削除して、新しい自分のパスコードを考えて、新たに登録することなど出来るはずがない。パスコードを「111111」のままで、4年生ぐらいになってから児童の手で変更させる方法も考えられる。しかし、4年生になっても6年生になっても授業で行うとパスコードの変更が出来ない生徒が多くて大変な混乱が予想される。学校ではパスコードなど無いのが都合がいいのだが、セキュリティー意識を教えるためにはタブレットを手にした時から自分専用のパスコードを入力させるべきである。この道理に反論することはできないから、教育委員会は学校の1年生全員に新しくパスコードを設定し直すように指示を出す。
「児童固有の数字6桁のパスコード」
これは乱数を使ったり、誕生年・誕生月・誕生日を組み合わせたり、電話番号にしたりする。どんな方法を使うにしろICT支援員の出番となる。
 タブレットのパスコードだけではなく、授業で多用する「ロイロノート」にはログインIDとパスワードと学校IDの入力が必要である。ロイロノート・アカウントの入力は小学1年生にはできない。できないと全否定はできないまでも非常に難しい。そこで、ICT支援員が2週間前から児童一人ひとりのタブレットのパスコードを変更した後で、ロイロノートにログインして、そのままにしておく。児童はタブレットのカバーを開けて、パスコードを入力し、ロイロノートのアイコンをタップするだけで、ログインできる状態にしておく。パスコードの間違いは後々大変な混乱を招くから再確認する必要がある。また、教室の保管庫に入れるまで日数が開くとバッテリーが切れる可能性があるから電源をOFFにする必要があり、保管庫に入れる時に電源ONにする。それぐらいは児童でもできると思われるがキーボードカバーの上から電源ボタンを押すのは小学1年生では無理である。なにしろホームボタンさえ力不足で押せない児童がたくさんいる。
 準備はこれで終わらない。最初の授業では最低限パスコード・ロイロノートのアカウントを印刷したカードがほしくなる。それもパウチする必要がある。また、パスコードやログイン情報は全職員がすぐに見えるようにファイルにして保存する必要があるし、親にもカードを配布する必要がある。これらは小学校ICT支援員の最も重要な仕事の一つである。
 さて、いよいよ授業が始まる。保管庫からタブレットを抜き出し、名前を確認して渡し、担任からはパスコードの書いてあるカードを受け取る。ICT支援員がタブレットを開いてホームボタンを押して、パスコード画面が見える状態にして説明する。
「学校ではタブレットを使って学習プリントやテストをおこないます。つまりタブレットには大切なデータがいっぱい入っています。もし、パスコードが盗まれると、他人がタブレットを触って、データを削除したり書き換えたりできてしまいます。このカードに書いてあるパスコードを教えていいのは、お父さんとお母さんと先生だけです。仲のいい友達にも教えてはいけません。」
パスコード入力画面を電子黒板にも投影して、パスコードの書いてあるカード上の場所を説明する。
「さあ、パスコードを入力しなさい。」
すると、1年生はカードを見ながら慎重にパスコードを入力する。この作業を完了するためには教師2人がかりでも5分は必要になる。
 入力後にロイロノートの使い方を説明し、好きな絵を描かせてロイロノート上の提出箱に提出させて、電子黒板で作品展をおこなう。児童は喜んで授業に参加するけれども、やり方が判らず、上手に出来なかったり、質問する挙手が頻発して、私も担任も大忙しである。それでも、何とか発表会までこぎつけ、なおかつ、時間が10分余った。これはしっかりと準備した賜物である。72歳のICT支援員は心の中で自画自賛する。
 私はポケモンのクイズを実施したかった。年寄りが楽しい授業ができることを誰かに見せたかった。若いころからヤクザな教師だった私の「教師への郷愁」である。
「70過ぎて、いい仕事に就けた。」
この日は満足して家に帰った。

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