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第4回 少女マンガ家 石井きよみ

長井勝一の創設した貸本屋向けの流通をメインの販路とした出版社「日本漫画社」から発行された凡天太郎の単行本で存在が確認できているものは、

 はちまんじろう『悲しきさくら貝』
 はちまんじろう『なみだの星空』
 はちまんじろう『続 なみだの星空』
 石井きよみ『小雨ふる街』
 石井きよみ『母のロケット』
 石井きよみ『なみだの校庭』
 石井きよみ『涙の十字架』
 石井きよみ『星ひめさま』(今回のヘッダーに使用した作品)

以上7冊です。

日本で発行されたマンガといっても未だにすべて把握できていないのが現状です。こういった貸本マンガと呼ばれる単行本は所蔵機関にも納められることが少なく、映画でいうところのプログラムピクチャーのように数多くの作品がひたすら送り出されていました。記録も残っておらず存在が知られていない作品、記録が残っていても確認できていない作品もまだまだあります。

昭和30年代には街に貸本屋が存在し、銭湯に行った帰りに借りて読むというライフスタイルに根付いていました。「マンガを所持する」という感覚は昭和40年以降にジャンプコミックスのような新書判のコミックスが発明されてから主流になったものです。

そして貸本マンガとは、貸本屋さんでしか読むことができない、あらかじめレンタル屋さん専用に描かれたマンガを指します。ビデオでいえばレンタル専用コンテンツだったVシネマのような存在。今だとネットフリックスとかアマゾンプライムだけでしか見れないオリジナルのコンテンツみたいなものと思っていただけるとわかりやすいかも知れません。

怪奇やアクションといった残酷描写の多い作品も多く、一般書店で売られている月刊誌などよりも少し過激な内容、実験的で尖ったのものが多いところも近いといえます。

貸本屋向けの流通をメインの販路とした出版社と、一般書店流通をメインの販路とした出版社の違いをわかりやすく表現するなら、メジャーとインディーズのようなものと考えていただいて良いと思います。

この見つかっているうちの1冊『涙の十字架』は白土三平が表紙を手掛けています。当時のマンガ単行本は表紙と中身を違う人が描いているのは珍しいことではありませんが、これは飛びぬけて素晴らしい出来なので画像貼っておきます!

涙の十字架_表紙

長井勝一が凡天太郎に少女マンガの才能を感じ依頼したというのは憶測でしかないのですが、現在までに日本漫画社発行の単行本で存在が確認ができているタイトルはすべて少女マンガなのです。

凡天はこれまで冒険ものや時代劇を中心に手掛けてきました。少女マンガは日本漫画社に移籍する直前に描いた『悲しきちぎれ雲』(中村書店)だけ。この1作で見抜いた長井の編集者、商売人としての勘は流石としかいいようがありません。

凡天の描く少女マンガのストーリーは、生き別れになった母を探したり、亡き母への思いを胸に困難に立ち向かったり、すべて母を失った少女を主人公とした「母もの」とカテゴライズされる内容です。

こうした内容は凡天の生い立ちが強く影響してると思われます。

昭和4(1929)年1月5日 東京・神田にあった江戸時代から続く由緒ある呉服屋「石源」の長男として誕生。少年期の凡天は裕福でしたが家庭環境は複雑でした。両親は離婚し、母親と別離。しばらくして父は再婚、後妻も親切だったが、後妻と父の間に弟ができると凡天は家に居づらくなり、店は弟に継がせるように言って小学4年の時に家を出ます。その後は祖母の家や親戚の家を転々としたといいます。

こうした環境で育ったことが、当時の少女マンガの主流の一つであった「母もの」を創作するうえでの素養になったことは間違いないでしょう。

長井の見抜いた凡天の少女マンガ家としての才能はすぐに実を結び、日本漫画社で少女マンガを描き始めた翌年の昭和33年に少女向け月刊誌へと進出。凡天太郎は少女マンガ家石井きよみとしてメジャーデビューしたのです。


(つづく)

映画『刺青』について

この凡天太郎が自身の世界観を詰め込んで製作した『刺青』という映画があります。40年間封印されたままとなっているノーカット版(86分)の35mmネガフィルムを4Kリマスター化するクラウドファンディングを6月26日まで開催中です。

ブルーレイをはじめとしたアイテムはすべてリターンを目的として製作する贈呈品ですのでお見逃しなく!


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