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築40年マンション(旧耐震)を買おうとしている話

朝起きると、居間のテーブルの上に一枚のチラシが置かれていた。

『○○○マンション××号室・オープンルーム開催中
月々支払額29,000円~』

(―――うわあ、うさんくっせえ)

咄嗟にそう思った。
今ならお得!だとか、常識外に安い費用だとか、そういったものには必ずと言っていいほど裏がある。まずは事故物件を疑い、次に隣人トラブル。金額の安さにはうっかり心惹かれてしまうので、なるべく見て見ぬふりをする。

私の見えるところにチラシを置いていたのは、母だった。
「なんか直感でビビっときた」と言う。
まあ、親孝行で話を聞いてやろうと母の正面に座った、わずか30分後、私はオープンルームに出かける準備を始めていた。

築年数と耐震基準

費用の安さの原因は、おそらくその築年数にあると思われた。
1977年竣工。築43年。
築年数もさることながら、引っかかるのは竣工年だ。

いわゆる「耐震基準」と呼ばれる法律が改正されたのは、1981年。それ以前に建築された建物は「旧耐震」と呼ばれ、業界では「要注意建築」扱いされる。安全性を担保する必要があれば「耐震診断」と呼ばれる調査と構造計算を行う必要があり、それで安全性NGともなれば、今度は「耐震改修」といって補強工事を行わなければならない(絶対の義務ではないけど、やらないと資産価値は下がる)。

安い理由はそこなんだろうな、とピンときた。
不動産関係のサイトを見れば、「旧耐震の建物は、耐震診断をしているか確認しましょう!」と大々的に書かれてあるし、国土交通省は、旧耐震のマンションの耐震診断は「努力義務」だと言っている。
一般の人から見れば、「耐震診断で安全性が確認されているかどうか」がひとつの判断基準であることは間違いない。

で、チラシには「耐震診断云々」の記述もなければ、このあまりにも安すぎる費用。

あー・・・耐震診断してないのね、と思わず納得してしまった。

でも「マンションで耐震診断」って・・・

設計事務所に勤めてはや15年、半分以上を耐震診断・耐震補強に費やしてきた(新築の設計やりたいとゴネながらも、今では改修の方が難しくておもしろくなってきた)本職の私からしてみれば、正直な所、人が現在進行形で居住していらっしゃるマンションで耐震診断をやる、ということが、どれほど困難なことかがよくわかってしまう。

耐震診断には、設計図を基に計算する簡易的なものもあるが、一般的には、それでは不十分だとされている。
「当時、設計図どおりに施工されたという保障」は、どこにもないからだ。
まずはそこを確認しなければならない。

ということで、私たちはまず最初に「現地調査」を行う。

柱・梁の位置や寸法の実測、コンクリートのひび割れ状況などの目視調査のほか、壁から「コンクリートコア」なる円柱状のサンプルをくり抜いて、潰してみたり、専用の溶液をかけて劣化状況を確認する。

人が住んでいる場合、そもそもこの調査が困難なのだ。

考えてもみてほしい。
知らない他人が、ズカズカとベランダに乗り込んでくる。部屋の中に入って来て、あちこち壁を叩いたり計測したり、ジロジロ見たりする。あまつさえ壁の「コンクリートコア」を抜くときは、分厚い鉄板で黒板を思いっきり引っ掻くような騒音が10分以上続く。音を軽減するために水をかけながらやるのだが、それだってほぼ泥水。飛び散る。そして残ったものは、隣のお宅に貫通した10センチほどの穴。

出来るわけない。

そうした理由から、マンションの耐震診断を行う場合は、共用廊下や階段室で調査を行うことがほとんどなのだが、場所が限定されるだけに、サンプリングとしてはいささか不十分と言わざるを得ない。

おまけに耐震診断を行って、悪い結果が出るとどうなるか。
先述したように、建物の補強が必要になる。

人が現在進行形で、住んでいるのに。
窓の外に鉄骨ブレースをつけて日当たりを悪くしたり、数か月以上、工事の騒音や作業員の気配に悩ませ続け、最悪の場合は仮住まいへ転居させ、あげく、修繕管理費からは莫大な費用が―――

(※注:念のため、これらは専門家からの告知義務のようなものだと思ってください。こんなことする必要があるよ、音すごいよ、こんなことが起こるかもよ、お金めっちゃかかるよ、という。決して「耐震診断しなくていいよ」という意味ではないです。国交省と倫理観にぶっ飛ばされるわ)

ただし、いろいろと検討した結果「耐震診断はしない」と決めた管理組合は、実際にあるらしい。

まあ「努力義務」だものね。


魅力は面白さとバルコニー

それで、私は何でそんなマンションに興味を持ってしまったか。

ひとつはバルコニーの存在だ。
現在住んでいる賃貸物件には、バルコニーが無い。長年田舎暮らしをしてきた母と、訳合って数年前から同居しているが、当然のように畑があった生活から引き離された母のストレスが限界を超えていたのだ。

「せめてミニトマト育てたい・・・」と毎日呪文のように唱え続ける母がうるさ・・・哀れで、近々にバルコニーのある住居への引っ越しを考えていた矢先だった。

もう一つの理由。
それはやはり、このマンションが「旧耐震であること」だった。

一般的にみれば、私もいわゆる専門家の部類に入るし、耐震診断は、本職としてそれなりにやってきた自負がある。

そんな私が、あえて築40年越えの「旧耐震マンション」に住む。

いや、面白くない?―――と思ってしまったのだ。

おそらく、上司や同僚に言ったら全力で止められるだろう。「旧耐震」は、私たちの間でもやっぱり要注意建築なのだ。スリルがある。なんとも。

おまけに35年ローンを組んだら、完済するころには築75年。

既存ストックの活用が叫ばれるこの時代、築75年の建物はどうなっているのか。
見極めたい、と思ってしまった。
建物の劣化や老朽化は、決して築年数だけで語られるものではない。結局は、管理の問題なのだ。きちんと管理され、きれいに丁寧に使われる建物の寿命は長い。絶対に。


そしてオープンルーム

『大島てる』での事故物件確認も無事に終え、私と母はオープンルームへ行ってきた。

結論を簡潔に言う。

完璧にリフォーム済みでめっちゃきれいだった。
周りに高い建物が無いから見晴らし最高。南向き。駅まで徒歩3分。大型スーパー徒歩1分。
トイレは最新型。お風呂もシステムキッチンもお洒落。というか、設計者として、日頃使いたくても(高価で)使えない設備が惜しげもなく使われている(悔しい)。
古いマンションなので多少エントランスは暗いが、管理人さんが住み込みでいてくれるというのも大変ありがたい。

明日、改めて申し込みに行ってきます。

しかし、ほとんどの人にとってそうだろうけど、マンションを買うって大冒険だなと思う。
話がうまく進めば(比較的危なげな中古物件を買う)経験談としてまた書くので、もし何らかの参考となれば(なるかな)嬉しいです。

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