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真子の話

真子は、青森の女だ。

津軽の、雪が路上に3メートルも降り積もるようなこの地で、彼女は生を受けた。
米農家が多いこの辺では珍しく、父はサラリーマンで母は専業主婦。父方の祖父母も同居していたが、みんなおだやかな人柄だったため衝突もなく仲の良い家族だった。何の縁故か、東京からはるばるやってきてここに住んでいる家族もいたが、そのような余所者も含め、概ねご近所様たちと仲良く付き合っていた。

この地域には「じょっぱり」という方言がある。
頑固者という意味だが、その言葉の通り、この辺の人間はその気質の強い者が多かった。一途で意思が固いと言えばそうなのだが、排他的で余所者を全く受け付けない、いわゆる田舎者の集まりであった。

ここの土地は先祖代々うちの家系が守ってきたと威張り散らす人や、噂好きで近所の悪口ばかり言いふらす人。隣の屋根の雪が少しでも自分の庭に落ちたものなら、人でも殺されたかのように騒ぎ立てる人。
また村には娯楽がないため、しょっちゅう集会所で宴会が開かれた。年功序列が当たり前の村社会では、男の年寄りばかりが大酒を飲み暴れ、料理の支度や後片付けをせっせとするのは女の仕事だった。
真子は幼いながらに、これも仕方のないことだと思っていた。そもそも周りの大人がそれを当然のことと考えていたし、どんなに嫌でもそのことを口にする人間は誰一人としていなかった。とりあえずはにかんでしまう癖も、この頃にできたものだ。

村には、幼稚園・小・中学校がそれぞれ1つずつある。真子を含めた同級生6人は10数年もの間、そこで家族のように過ごした。ただし高校は町部にしかないため、この村の子どもは中学卒業後にみんな外へ出る。真子も例外なく、町部の進学校へ進んだ。案外あっけないもので、あれほど近くにいた彼らと連絡を取り合うこともその後ほとんどなかった。

彼女のこの3年間の高校生活は、わりと充実していた。特に友達が多いというわけでもないが、性格に癖もなく、穏やかでいつもはにかんでいるので悪目立ちすることも無かった。勉強もそこそこでき、真面目なのだがどこか抜けているような所が一部男子から好かれ、同級生と付き合ったりなど、よくいる女子高生の1人だった。

進路を決める時期になると、クラス全体がざわつき始めた。進学や就職を機に上京を決めた友人たちが色めきだっている頃、真子には大きな迷いもなく、地元の大学に進学を決めた。理由も至って単純で、特段やりたいことも華やかな都会に対する憧れもなかったため、親の負担の少ない近場を選んだだけだった。
あまりにも欲がない娘に親が心配して三者面談をしたこともあったが、これも本人の意向であるということと、真面目で素行のいい生徒ということで、学校推薦により弘前大学の文学部へ入学できたのだった。

真子はいつだって、穏やかな凪のようであった。
若さ特有の情熱や激しい感情は無かったものの、その落ち着いた様子と物腰の柔らかさは、周りにいる人をリラックスさせた。
そして彼女自身も、周囲が常に穏やかでいることを望んだ。誰かが怒っていると、不安でたまらなくなった。だからみんなに笑っていて欲しいと。

大学に入学後も、それは相変わらずであった。


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