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読書感想文

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海外文学や現代文学の感想文。
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#読書感想文

『プロット・アゲンスト・アメリカ』 現代の映し鏡のような小説

 フィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』は、1940年のアメリカ大統領選挙で、ルーズベルトではなくリンドバーグが大統領に選ばれる世界を描く歴史改変小説です。  リンドバーグは、大西洋横断飛行に世界で初めて成功したパイロット。アメリカだけでなく、世界中で大人気だったそうです。ただ、ナチスの高官たちと親しく、ユダヤ人嫌いを公言していたので、第二次世界大戦前後を舞台とする小説では、イギリスのエドワード八世前国王(離婚歴のある女性と結婚したために、王位を弟のジョージ6

2024年6月読書記録 強烈な短編集二つと太宰治

 6月に読んだ海外小説は3冊、『プロット・アゲンスト・アメリカ』は別記事で感想を書く予定です。 グレイス・ペイリー『人生のちょっとした煩い』(村上春樹訳・文春文庫)  村上さんの翻訳なのと、表紙にエドワード・ホッパーの絵が使われていることに惹かれて購入しました。  強烈な短編集です。個人の短編集でここまでエッジが効いた作品ばかり集めたものは読んだことがありません。  村上さんの翻訳だからと、カポーティやフィッツジェラルドの短編のような美しく繊細な作品を期待していたら、シ

歴史改変小説を読む ifの世界線

 数日前にフィリップ・ロスの『プロット・アゲンスト・アメリカ』を読み終わりました。  出版社の解説にあるように、1940年のアメリカ大統領選挙でルーズベルトではなく、リンドバーグが大統領に選ばれていたら、というifの世界を書く小説なんですね。  ifの世界=架空の世界線を書く小説を「歴史改変SF」と呼ぶようです。SFとはいうものの、他ジャンルの作家の小説も多いのが特徴です。フィリップ・ロスも、現代米文学界を代表する作家の一人でした。  私は、ディストピア小説=自由がなく

吉穂みらい『ナユタ』を読む #文学フリマで買った本

 今週は夫の単身赴任先に来ています。  普段と違う場所にいるので、違う本を読みたいと思って、ここに来る時は今読んでいる本を中断して別の本を読むことにしているのですが、今回はnote仲間の吉穂みらいさんの『ナユタ』を持ってきました。  『ナユタ』は先月の文フリでも大人気で、完売した本です。アルデバランという星を舞台にしたシリーズの一冊なのですが、500ページを超える分量のうち、私が今日までに読んだのは300ページほどです。    すごいですよね、アルデバランシリーズ…自宅に戻

名刺代わりの谷崎潤一郎10選

 先日、谷崎潤一郎の作品がテーマの読書会をしました。もともと敬愛する作家ですが、皆さんのお話を聞いて、ますます谷崎愛が深まった気がします。  ということで、青空文庫で読める谷崎作品のうち、特にお勧めしたい10作を年代順に選んでみることにしました。   『刺青』   実質的な第一作です。この小説を永井荷風に認められた時の話が随筆『青春物語』にありますが、そりゃ、荷風も認めますよね。ここまで完成度の高い第一作って、そうはないのでは? 足フェチをはじめとする、谷崎文学を語る上で

2024年5月読書記録 ポストモダン、太宰、女太宰、文フリ

鴻巣友希子『文学は予言する』(新潮選書) 鴻巣さんの文章は新聞や雑誌などでよく拝読していて、自分とは考え方が近い方だと思っています。ただ、考え方が近い分、著作を読むと共感や同意が溢れてしまいそうで、読むのをためらっていました。ノンフィクションの場合、心地よい読書が自分のためになるのかどうかわからない、批判したくなる文章の方が自分の思考を深めるのに役立つのではないかなどと思っていたからです。しかし、実際に読んでみると、当然ですが、鴻巣さんと私とでは教養や知識量がかけ離れている

ミシェル・ウエルベック『セロトニン』を読む 予言の書or中年男の愚痴垂れ流し?

 ミシェル・ウエルベックは、小説『服従』が2015年に起きたシャルリー・エブド襲撃事件(風刺新聞の編集者等12人が殺されたテロ事件)を予言したとして、日本でも有名になったフランス人作家です。  『セロトニン』も、予言の書だと言われています。反政府デモ「黄色いベスト運動」を予言する話があるからです。ウィキによると、このデモには農村や都市周辺部の住民が参加して、燃料税の削減や最低賃金の引き上げ等を求めているとのことです。  確かに小説内では、農民の抗議運動が描かれます。フラン

2024年4月読書記録 川端、太宰、ドストエフスキー

マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』(東京創元社・酒寄進一訳)  ドイツミステリーの翻訳者として有名な酒寄進一さんが編集した短編集です。日常に忍び寄る不安や孤独、悲しみ。それらの感情が引き起こす出来事を淡々と描く物語が多いです。リアリズムのまま幕を閉じる話もあれば、薄い壁を越えて、非現実の世界に向かう話もあります。  村上春樹さんの短編には、女性が主人公の作品もいくつかありますが、それと似た雰囲気の作品がこの短編集にはいくつかありました。女性の不穏な気分が世界

2024年3月 読書記録 川端、太宰、モリスン&マッカーシー

3月は海外文学を2冊、日本の作家では川端康成・牧野信一・太宰治の小説を読みました。 トニ・モリスン『ジャズ』(大社淑子訳・早川epi文庫)  モリスンの小説は、これまでに初期に書かれた『ソロモンの歌』と『ビラヴド』を読んだのですが、この二作に比べて『ジャズ』はとても読みやすかったです。タイトル通りに、リズム感のある音楽的・詩的な文章が続くので、休日に一気読みできました。読者を選ぶ小説だとは思いますが。愛についの小説なんですね。欠落を抱えた者や自分を見失った者が他者とのつな

2024年2月読書記録 川端、太宰、アメリカ

オルハン・パムク『雪』(宮下遼訳・ハヤカワepi文庫)  パムクはトルコの作家でノーベル文学賞受賞者です。  ノーベル文学賞をとった作家には去年のヨン・フォッセのように難解な作風の人もいますが、カズオ・イシグロのように読みやすい作家も少なくないです。パムクは、読みやすいタイプの作家だと思います。ミステリー的な要素や恋愛要素もある話なんですね。途中ちょっと中だるみがありますが、導入部とラスト三分の一ほどは続きが気になって一気読みしました(文学作品なので、すべての謎が解き明かさ

【読書感想文】 川端康成『山の音』

 川端康成の小説を初めて読んだのは小五か小六の時です。当時は、中学受験界にSAPIX(大手の塾です)が参入する前だったので、受験勉強用のメソッドが確立されていなかったんですね。国語は漢字や熟語・慣用句などを暗記して、あとはひたすら名作と言われるものを読むだけでした(私は暗記が嫌いだったので、本を読むだけでしたが)。  川端は『伊豆の踊り子』と『雪国』を読んだはずです。『古都』も読んだかも。小学生には早すぎる内容ですよね。自分や自分の親に似た人たちの話を読むだけでは世界が広がら

2024年1月読書記録 クンデラ、太宰、紫式部

 1月の読了本は6冊。川端康成の『山の音』については別途感想を書く予定です。 廣野由美子『批評理論入門「フランケンシュタイン」解剖講義』・『小説読解入門「ミドルマーチ」教養講義』(中公新書)  十九世紀の英国女性作家二人の小説『フランケンシュタイン』と『ミドルマーチ』を題材にして、小説をどう読めばいいか解説する新書です。  noteで書いている読書感想文の参考にしたいと考えて読んでみました。自分でも実践している読み方もありましたが、より深くより幅広い読み方を教えてもらえま

リディア・デイヴィス『話の終わり』 メタ、執着、記憶の曖昧さ

 Xで見かけて、購入した本です。1994年の刊行なので、私が読む本の中ではかなり新しめ。試し読みした時には「若い彼氏との別れを回想する話なのかな」と思いましたし、ざっくり言えばそれで正しいのですが、構成がなかなか複雑なんですね。  私という一人称で過去を語っていたかと思うと、いつの間にか現在の私が登場して、「あれをどんな風に表現すればいいのだろう」と小説の書き方について思いを巡らせたり、「あの時はどうだったっけ」とあやふやになった過去を思い出そうとしたりする。今現在の結婚相手

マーガレット・アトウッド『侍女の物語』

 若い頃、今のアメリカをよく知らなかった。特に、アメリカの翳の部分は。  アメリカの問題といえば、ベトナム戦争とその後遺症ぐらいしか思い浮かばなかった。この問題は高校の授業でオリバー・ストーン監督の『プラトーン』を観たりしたので、何となく理解していた。  アメリカの今を知らない私は、マーガレット・アトウッドの小説『侍女の物語』を現実とは切り離して読んだ。『1984』と並ぶディストピア小説の傑作だと思ったが、オーウェルの話とは違い、モデルとなる現実はない小説なのだと考えていた