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青空文庫

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青空文庫で読める作品を紹介しています。
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#日本文学

本が私を育ててくれた 【読書エッセイ】

 母は他人の意見に流されやすい人だったので、子どもの頃、誰かが言っていたという理由で、自分には合わないことをあれこれやらされたものです。いつかひとこと言いたいと思いつつ、言ったことがないのは、「流されてくれて良かった!」と思うことがいくつかあるからです。  その一つが、祖母の家の近所にあった本屋さんのアドバイス。その本屋さんのアドバイスに従って、季節ごとに本を買ってくれたのです。今でもたまに話題になるようなロングセラー本が多かったのですが、どれも夢中で読みました。  母は本を

2023年11月読書記録 青空文庫で読む海外文学など

 脚本家の山田太一さんが亡くなりました。  山田さんのドラマで、リアルタイムで観たのは『ふぞろいの林檎たち』の3と4だけなのですが、林檎の1・2や『男たちの旅路』を再放送等で観て、とても感動しました。ふぞろい〜のテーマは今に通じるものがありますし、男たちの方は、鶴田浩二さんが何ともかっこ良く……。  また、大河ドラマ『獅子の時代』の脚本を高校時代に読んだことが、大学で日本史を学ぶ契機の一つになりました。  私にとっては、忘れがたい芸術家の一人です。  再放送やストリーミングで

2023年10月読書記録 青空文庫篇 プロ文と転向文学 

 去年の10月から青空文庫を読んでいます。長年海外の小説ばかり読んでいて、日本の近代文学といえば谷崎と芥川、あとは夏目漱石ぐらいしか読んでこなかったのですが、読んでみると面白い。自分の国の話なので、時代背景や地理もわかりやすいですし。海外文学と比べると、コンパクトな作品が多いのもいいですね。  年代順に読んで、今は昭和初期のプロレタリア文学と転向文学を読み終えたところです。 宮本百合子『道標』  『伸子』『二つの庭』から続く自伝小説の三作目です。伸子がパートナーである素子

気になる青空文庫 明治篇

 青空文庫の作品、特に印象に残ったものは個別に感想文を書き、それ以外は毎月の読書記録に含めようと考えていたのですが、個別の感想文がなかなか進まない…。半年以上経つのに、二葉亭四迷『浮雲』・樋口一葉の短編・尾崎紅葉『金色夜叉』・国木田独歩『武蔵野』しか書けていません。  このままだと、内容を忘れていく一方なので、特に印象に残った作品をまとめて紹介したいと思います。  谷崎潤一郎と芥川龍之介だけは、私の中で別格の存在なので、また改めて書くつもりですが(いつになることやら)。 泉

2023年5月 読書記録 青空文庫篇 横光、檸檬、軽井沢とサナトリウム

嘉村磯多『途上』『崖の下』  この人は先月読んだ葛西善蔵のお弟子さんです。ウィキによると、葛西と嘉村、それに広津和郎、宇野浩二を奇蹟派と呼ぶそうです(奇跡は雑誌の名前。広津はまだ著作権が切れておらず、宇野は代表作が青空文庫になし)。四人のうち、聞き覚えがあったのは、広津和郎だけ。確か芥川の友達。  奇蹟派の特徴は私小説であるということで、自然主義文学の流れをくむのかな。  ただ、嘉村の師匠、葛西善蔵の作品は、正宗白鳥が評したように、私にも「『暗鬱、孤独、貧乏』の生活記録の繰

三鷹 太宰治ゆかりの地をめぐる

 三鷹駅で少し時間があったので、太宰治ゆかりの場所をいくつか回ってみました。 三鷹跨線橋  JRの線路をまたぐ跨線橋です。太宰治のお気に入りの場所だったとのことで、ここで写した太宰の写真も何枚か残っているようです。橋の上からは富士山がきれいに見えました。太宰も、同じ富士を見たのですね。当時は、眼下に武蔵野の平野が広がっていたのでしょうか。  残念ながら、近々取り壊されてしまうので、最後に見ることができてよかったです。  網がかかった以外は、太宰の時代と変わらぬたたずまい

異郷への憧れ 国木田独歩『武蔵野』と大岡昇平『武蔵野夫人』 【青空文庫を読む】

 中学・高校時代は主に海外文学を読んでいたのですが、日本の作家では芥川龍之介と谷崎潤一郎、それに大岡昇平さんが好きでした。  大岡昇平さんのことは、スタンダールの『パルムの僧院』の翻訳者として知りました。当時は海外文学の訳が古く、「こんな言葉、日常では絶対使わないよなぁ」と感じたり、日本語の単語の意味がわからずに、適当に読み飛ばしたりすることがよくありました。  そんな中で、大岡さんの翻訳だけは古い言葉づかいがかえって魅力的に思える素敵な文章だったんですね。実は有名な作家だと

2023年4月 読書記録 白樺派、芥川の親友たち

プルースト『失われた時を求めて5 ゲルマントのほう2』(井上究一郎訳・グーテンベルク21)  光文社版の翻訳が途中でとまっているので、グーテンベルク21版で読むことにしました。多分、学生時代に読んだ訳。明治生まれの人の訳は避けたいと思っているのだけど(できれば戦後生まれの人がいいけど、そうも言っていられない)、この訳は悪くない。貴族の(フランスでは廃止されているが、旧王族を含めて爵位で呼ばれている)サロンでの会話が延々と描写されます。軽薄で偽善に満ちたサロンの様子はよくわか

今月今夜のこの月を 尾崎紅葉『金色夜叉』 【青空文庫を読む】

 昔、母が祖母を連れて東京に遊びに来ることになった時、途中で熱海に一泊すると言うんですね。  今の熱海は高級旅館やレジャー施設もできて、魅力的な温泉街になっていますが、その頃は何となくうらぶれ感がありました(ウィキによると、熱海市を訪れる観光客が増加に転じたのは、ここ十年ほどのことらしい)。途中で寄るなら、伊豆の方がいいのにと勧めると、母の答えは「おばあちゃんが、寛一お宮の像を見たがってんねん」。  寛一お宮? その時、彼らが『金色夜叉』の登場人物だと知っていたのか、どうか

「まことの詩人」 樋口一葉『たけくらべ』など 【青空文庫を読む】

 不忍池の桜が満開です(カバー写真)。池の蓮も綺麗に刈られて、春の息吹を待っているようです。  さて、前回紹介した二葉亭四迷は、三遊亭圓朝の落語の速記本を参考にして、言文一致の文体=口語体で『浮雲』を書きました。  青空文庫にある圓朝の落語は、読みやすさとしては、同じく青空文庫にある吉川英治さんや山本周五郎さんの小説と同程度だと思います。今の小説と同じとはいきませんが、読みづらくはない。吉川さんも山本さんも、新潮文庫の現役作家ですからね。  なので、圓朝を参考にした二葉亭四

自己嫌悪とリストラ 二葉亭四迷『浮雲』 【青空文庫を読む】

 学校で習った戦前の文学史、最初に出てくるのは、戯作者・仮名垣魯文の『西洋道中膝栗毛』、坪内逍遥『当世書生気質』、そして二葉亭四迷の『浮雲』という感じでしょうか。  青空文庫には、仮名垣魯文や坪内逍遥の小説はないので、今回は、二葉亭四迷の『浮雲』を取り上げます。  二葉亭四迷といえば、「自己嫌悪に陥って、自分をくたばって仕舞えと罵ったことから、ペンネームを二葉亭四迷にした」というエピソードが有名です。自己嫌悪の叫びをペンネームにするなんて…。『余が半生の懺悔』という随筆を読

2022年12月 読書記録

 あけましておめでとうございます。今日は、会社の人たちと伝通院に初詣に行ってきました。  伝通院は、徳川家康の母親・於大の方の菩提寺です。今年の大河ドラマ『どうする家康』では松嶋菜々子さんが於大を演じるようですが、時代の波に翻弄されながらも、息子・家康の天下取りに大きな役割を果たした女性ですよね。伝通院周辺には、他にも徳川家ゆかりの女性の菩提寺がいくつかあるので、いつかまとめて紹介したいです。  さて、去年の12月は、青空文庫から五作品とそれ以外の三冊を読みました。 塩野

谷崎潤一郎『細雪』 時代の変化で読み方も変わる 【読書感想文】

 今、谷崎潤一郎の『細雪』を読んでいる。ジェーン・オースティンの『高慢と偏見』とともに、学生時代に繰り返し読んだ作品だ。あまりに何度も読みすぎたので、その後は手に取ることもなくなっていた。  ところが、先日noteでフォローしている方が谷崎の『吉野葛』を紹介していらしてーーこれも大好きな作品なので、青空文庫で再読してみた。一度谷崎の世界に入ると、とまらなくなり、青空文庫にある作品を次々に拾い読みして、『細雪』にたどり着いた。  『細雪』と『高慢と偏見』はどちらも、気軽に読め