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がんばりな

「人生で1番美味しかった飲み物は、部活で死ぬ程汗かいた後に飲んだ麦茶」

どうも、じぇむしすです。

今回は最近あった、少し寂しい話を書こうと思います。
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別れは突然訪れる。


そんなことはこれまでの人生で分かっていたつもりだった。

でも、実際に親しい人と予期せず別れると、全然冷静なんかでいられない。

胸に穴があいたよう。そんな感じになる。




その日は特に忙しい日だった。

僕の働く病院の勤務形態は大きく3つ分かれている。朝から夕方までの日勤、朝から21時まで働く長日勤、そして夜勤である。


その日、僕は長日勤業務だった。


長日勤と夜勤は業務内容が減るため、看護師3名のみで病棟全体の患者を担当する。

そう、業務内容が減るのだ。通常は。。


日勤の業務が終わり、長日勤の業務が始まる直前の休憩時間で僕はナースステーション奥の休憩室にいた。

しかし、心は全く休憩できていなかった。

もうすぐ16時30分になるが、病棟のナースの走る足音が絶えない。

「〇さん、検査終了!迎え!」
「もう、呼ばれたの!?あぁ、△さんのナースコール鳴ってきてる!トイレ行きたいって!」

こんな、悪夢のようなBGMを聞きながら休憩などできようものか。

夕方だというのに日勤の業務は終わる気配がなく、看護師の叫び声が反響している。
おまけに、その日は手術日であり、僕の担当患者2名がまだ手術中である。

これは間違いなく、長日勤中に手術の迎えが呼ばれるな…

これから始まるであろう激務の想像して、僕は辟易としていた。


まず間違いなく残業確定。病床は満床御礼だし、患者さん夕食が来るまでにラウンド(患者さんを見に回ること)が終わるかも怪しい。

このまま家に帰りたいという気持ちを溜め息と共に吐き出し、最後の晩餐とも言える持参のチョコレートを奥歯で噛み砕いた。

さっさと出て、早めにラウンドしよう。

そう思って立ちあがろうとしたときだった。


「掃除のおっちゃん今日最後やったんやね。寂しくなるわ。」


僕と一緒に休憩していた、同じ長日勤の看護師同士の会話が聞こえてきた。

…最後?

掃除のおっちゃんとは病院の清掃員さんのことだ。朝早くから病棟に来て、床やトイレの掃除をしてくれる。

ただの清掃員と思うかもしれないが、掃除以外にも看護師の力仕事を手伝ったり、患者の要望を聞いて看護師の代わりに対応することもあった。
おっちゃんの業務は清掃員の枠を超えたものだった。

親切で経験豊富な頼れるおっちゃんは、看護師から人気があった。

そして、それは僕にとっても例外ではない。新人として入職してからずっと、分からないことはおっちゃんに聞きまくっていた。

怒られた僕を励ましてくれたこともあった。おっちゃんは同じ男で親しみやすいということもあり、僕にとってはある意味、先輩看護師よりも安心して関われる人物だった。

そんな大好きなおっちゃんが辞める?初耳だった。

衝撃を受け、僕は呆然としながら会話を聞いていた。
しばらく会話を聞いていると、年齢的にはまだ仕事を継続できるが、どうやら家庭の事情で退職するみたいだった。


「私さっき挨拶してきました。業務用のエレベーターの前にいてましたよ。」


唐突に飛んできたその言葉を聞き、僕は迷った。

僕も挨拶に行きたい。でも、ラウンドが遅れたら、時間内に業務が終わらずにミスが出るかもしれない。そもそも、既にエレベーターで降りたんじゃないか、時間の無駄じゃないか。諦めるべきんなんじゃないか。

迷いは一瞬だった。

僕は忙いで席を立ち、業務用エレベーターに向かった。

ラウンドは多少遅れても、何とかする。残業で埋まるミスならいくらでも残業する。謝って解決できるんなら、先輩や患者さんに土下座でもする。

だから、まだ、まだ行かんといてくれ。おっちゃん。


息を切らして走りながら業務用エレベーター前の扉を開けた先には、はたして



おっちゃんはいた。




「あぁ。Aさん。」



いつも通りのマスク越しでもわかる満面の笑みで、おっちゃんは振り返った。


ただし、その笑みは含みのある笑みだった。僕がここに来た理由は予想がついている様子であった。

「おっちゃん、今日で辞めるんですか」

「えぇ、Aさんには本当にお世話になりました」

「いやいや、とんでもない。こっちこそ本当にありがとうございました」

そんな感謝の言葉をお互いにくり返した。

言葉を交わしていく内に、僕は目頭が熱くなった。今まで、実感の持てなかったおっちゃんの退職が現実だと受け入れはじめたからだ。

しばらく言葉を交わす内に、チンッという音がした。エレベーターが来たのだ。

お別れの時間だ。


「Aさん」

そう言うと、おっちゃんはカッコよく右拳を突き出してきた。


僕はそれがグータッチだと理解した。こんな男らしいことは、看護師になってから一度たりともしたことがなかった。
こんなことも、もう出来なくなると思うと、余計に目頭が熱くなり、僕はほとんど半泣きだった。
おっちゃんに反して僕は全然カッコよくなかった。

様々な感情と共に己の右拳を全力で握りしめ、拳を突き出しておっちゃんの右拳に合わせた。

エレベーターに乗る間際、おっちゃんは最後に含みのない、いつもの笑顔で言った。

「がんばりな」

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その励ましの言葉は、働いてきた中で受けたどの励ましの言葉よりも胸に響いた。一瞬、今の僕なら何でも出来ると錯覚する、全能感すら感じた。

僕は扉を開けて、廊下に出た。全能感はもうなかった。
しかし、これから始まる激務に対して根拠のない自信が胸の中に残っていた。



激務の翌日、夜勤明けの朝

朝早く病棟に来たのは、いつものおっちゃんではなく、知らないおばちゃんだった。

僕はマスクの中で「ありがとう。おっちゃん。」と呟いた。 

もう目頭は熱くならなかった。

代わりに右手が少し温かくなった気がした。

今日の名言
『障子を開けてみよ。外は広いぞ。』
                 豊田佐吉

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