7つの習慣はおもしろい。 #2 「自分から動くのか動かされるのか」
どうも、いずっちです!
今回も7つの習慣を読んでいて大切だと思ったことや気づきをアウトプットしていきます!
僕はこの本を読む時に、
キリのいいところまで読んだらアウトプットする。しなければ次に読み進められない。
というルールを課しています。いい本だし、しっかり自分の中に落とし込みたいなって思って。
それでは書きます!
第1の習慣 〜主体的である〜
まず印象的だったのが、
刺激と反応の間には選択の自由がある。
という内容です。
例えば、自分が何か行動して笑われた(刺激)とします。
この時、反応としては、
①「ばかにされた!」と思って拗ねる。
②「なんかあいつ笑ってんな!楽しそうやん!」って陽気でいる。
などがあります。
①を選ぶか②を選ぶかは、自分の自由だということです。
どんな反応を選んでもいいということです。
とは言っても、難しいなって思います。
今までの自分が積み重ねてきた行動とか癖とかそういうものはなかなか取れるものではありません。例えば上の例でいくと、どちらかといえば、僕は①の反応をしてしまいがちです。
だけど、この本を読んで、別に①じゃなくてもいいんだっていうのは気づきました。ただまだ気づいただけなんで、これから意識して反応は選択していこうと思います。
次に、
自分から動くのか、動かされるのか。
ということも書いてありました。
多くの人は自分から動かずに手を差し伸べられるのを待っている。
とも書いてありました。
これを見た瞬間、
「あ、俺だ。」
ってなりました。笑
よく「耳が痛い話」ってありますが、これに関しては、「目が痛い話」です。
「あ、俺だ。」というか、自分から動くこともありますが、波があるなって思います。
自分から動く量を増やしていこうと思いました。
周りが動くのを待っていたら自分は”動かされるだけの人”になる。
〜おまけ〜
”愛”は”愛する”という行動が引き起こす果実。
ということも書かれていました。これも、「おー!」ってなりました。
よく、
「今の彼氏(彼女)に冷めたんだよね。愛を感じないんだよね。」
とかいう人がいますが(僕の周りにはいませんが)、こういう人は
”愛する”っていう行動をしてないんだろうなと思いました。何もしていないのに、
愛を感じないのは当たり前だよなって思いました。以上!
〜読んでくれてありがとう!〜
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