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逆走馬灯②

僕は今、生まれて初めて車に轢かれそうになっている。

夜道。

いつも通りの帰り道をただただぼーっと歩いていた。

横断歩道の信号が赤になっていたことに気づいたのは真ん中まで渡った時だ。

そしてその時はもうすでに左から来る車に轢かれそうになっていた。

あーあ。これで大怪我してしまうなー。運悪いと死んじゃうな。死は突然やってくるって言うけどこんな形でやってくるのか。

今までの人生で体験してきた思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。

みんなこういう時って何考えているんだろう。

そんな風に考えている内に、もう既に数秒はこの轢かれそうな状態で時が止まっていることに気づく。

あれ、いつまでこのままなのだろうか。

体を動かそうとするも、うまく動かない。精神だけが挙動を許されている世界のようだ。

なぜ、時が止まっているのか。

それはよく分からないが、僕には幽体離脱という得意技がある。

赤ちゃんの頃から自然と出来ていた。

僕は早速試した。

やはり、自分の体から精神を離脱できた。

精神の体は思い通りによく動く。

さて、ここからどうしたものか。

霊体になれたとはいえ、だからどうしたのだ感が否めない。

しばらく、本当にしばらく経った時、僕以外の霊体が見えた。

話しかけてみよう。

「こんにちは!」

「ああ、こんにちは。」

「あなたも幽体離脱出来たんですね!」

「そうですね。先ほど通行人を轢きかけて、そしたら時間が止まりまして、もう考えても無駄だなと思ってからしばらくしたら精神が体から飛び出ていました。」

「あ、さっきの、、、!」

「あれ、もしかしてあなたが僕が轢きかけた通行人?」

「そうです!こんなところで会うこともあるんですね。」

僕を轢きそうになった相手だけど、まだ轢かれたわけではない。

ここは協力して事態の解決を目指そう。

「幽体離脱はいいものの、ここからどうしましょうか?」

「そうですね。幽体離脱してるのが僕たちだけというのもなにか気になりますね。」

「確かに、、、。」

「とりあえず、いつ車がまた発信するか分からないので、あなたの体を安全なところに避難させましょうか。」

「そうしましょう。けれど、どうやって動かしましょう?」

「そうですね。今は物理的には動かせないか。ではこれはどうでしょうか。人は魂と体で一つ。バラバラには生きられない。横断歩道を渡りきったところに、精神のあなたがスタンバイをする。体はまだ轢かれそうなところにありますが、体と精神は磁石のように引き合って安全な場所に行くのではないでしょうか。」

その意見に賛同し、僕は横断歩道の向こう岸へと行った。

そして、向こう岸に着いた瞬間に足元で“カチッ”と音がした。

足元を見てみると、“元に戻るボタン”というものを押していた。

すると世界は動き始めた。

僕の体は精神のあるこちらへ一瞬で移動してきた。

車は何も轢かなかった。

僕は走馬灯を見て、一度死ぬような思いだった。

しかし、生き残った。

命をもう一度与えられたと思って、一日一日を大切に生きようと思う。

そして、僕を轢きかけたあの人も、よかったなって思う。

一度人を轢いてもし僕が死んでいたら。

彼は周りからどんな目で見られていたのだろうか。時が経ち、周りが忘れても、彼自身はそのことをずっと忘れられないのではないだろうか。そのような状態で生きていくのも面白くない。

だから、よかったなって思う。

突然やってきた死の気配。だが、死ぬのは今じゃなかったということなのだろう。

僕は今日も信号を守って横断歩道を渡る。もう二度と赤信号は渡るまい。

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