種の話

村ぐるみで泥棒をしているところがあった。
そこは、近隣の貧しい村などに比べると、不自然なくらい豊かであった。
その村は、宿に困った旅人が、飯や風呂は要らないから一晩だけ泊めてくれないか、と聞きに来ると快く泊まらせる振りをして荷物や金品を奪う。
手口は、どういうものなのかというと、旅人のために敷いた布団の近くに、大きい荷物を入れる箱と、小物や金品を置くための盆を置く。旅人が寝静まったのを見計らって箱と盆ごと、荷物をかっさらっていくのだ。
そして、泥棒に成功したら、そこの家のものだけではなく、村中の人間が近くの洞窟まで行って、身を隠す。
旅人が起きた時に、隣に置いたはずの荷物が無くなっているのを見つけて、大慌てでその家の主人に聞きに行くが、主人どころか、村の中から人影が一切合切消えている。
ここは、幽鬼の村だ、と荷物を失い混乱した頭で、震え上がった旅人は、役所に訴えでる事もなく、そのまま大急ぎで村を出ていってしまう。
その様な寸法で盗むとこを、この村は生業にしていた。
ある時、見るからに貧しそうな若者が、この村に寄りかかった。
若者の荷物といったら、何かが入っているような袋のみで、他のものは持っていなかった。
若者が、一晩の宿を頼みたい、というのでその家の老婆は、羽振りの良くなさそうな若者を見て、今年足を悪くしたので、旅のお方の面倒まで、見きれないのです。と嘘を言って断ろうとしたが、このような身なりのものが意外と金を持っているかもしれない、袋の中には沢山の金や高価なものが入っているかもしれない、と思い至って、例のように快く泊めた。
旅人は何度もお礼を言いながら、家の中に入り、老婆に泊まる部屋に案内された。
老婆が布団を敷きながら、言った。
「こちらの盆に、お荷物をどうぞ」
若者は、少しの間自身の荷物を明け渡すのを、渋っていたが、せっかく泊めさせてもらった家で、無作法かと思い、結局袋を盆の上に乗せた。
老婆は、やはり金かと唇をニヤつかせた。
もちろん、若者からは分からないようにしながら。
その日の晩、若者が床につき寝入ってしまうと、老婆は音もなく若者が眠っている部屋に入り、さっとした動きで盆を持って行ってしまった。
洞窟の中には、村人が大勢集まっていた。
老婆が息も切らさずにやってくるのを見ると、全員がニヤニヤとしだした。
「婆さん、きょうはどんな塩梅だったね」
「ちょっと待っとくれ、今、中身を見てみよう」
老婆を中心に、ぐるっと周りを取り囲むように泥棒家業の村人間達が輪を作った。
老婆が、袋を開けると、中は金銀財宝などではなく、種がどっさりと入っていた。
これには、袋を盗んできた老婆も、他の人たちもあんぐりと口を開けるしかなかった。
袋の中の種は、大小も形も様々で、どれもが果物を実らせる木の種だった。

若者が朝起きて見たら、唯一の袋がなくなっていた。
袋の中身は、流浪の身の若者がどこかに定住できた時に、沢山植えようと思って貯めておいた種だった。
行く先々で、水菓子として出される果物や、腹がすいてどうしようもなかった時、ぽつんと生えている木から少しばかり拝借した実の中から取り出したものばかりだった。
自分の夢の為に、時間をかけて少しずつ貯めてきた種であったため、若者にとっては金より大事なものだった。
若者は、これはどういう事だ、と老婆を呼びかけたが出てこない。
若者は、まだ早い朝の時間帯に家中、老婆を探し回ったが、全く見当たらなかった。
仕方なく、隣の家に言ったらそこももぬけの殻、またその隣も同じだった。
若者は、してやられた、という顔をして、地団駄を踏んだ。
色々と旅をする中で、旅人の荷を狙って不審な動きをする村人や、狐狸に化かされたことは一回二回ではない。
種と知らずに盗まれたものでも、あの老婆が謝罪とともに袋を返してくるとは思えなかった。
旅人は、その村を後にした。

数年経っても、男は流浪の旅を続けていた。
そしてたまたま、種の袋を盗まれた村の近くまで来ていた。
男は、そういえばそんなこともあったな、と思い至って、村の中まで足を運んでみようと思った。
前までは、どこかに移り住むのだ、という気持ちが強く、そのために残しておいた種を奪われた事に心底腹が立ったが、今では根無し草の生活もそこまで悪くは無い、という心持ちになっていた。
男が村まで行ってみると、驚くほど変化していた。
様々な木の実がなり、子供たちはその木の下で、はしゃいで遊んでいる。何となく村全体の雰囲気が穏やかになり、村総出で泥棒をやっていたより、豊かになっているように見えた。
男は、理想的な暮らしをしている人達の見て、なんだか羨ましくなってきてしまった。
そこに、声がかかった。
「おや、あなた様は種の袋を置いていった方ではありませんか」
振り返ると、男を家に泊まらせた老婆が立っていた。
「あなた様の種を植え、その実りで、もうみんな盗みを働かなくとも生きていけるようになったのでございます。その節は本当に申し訳ありませんでした。」
老婆は、心から深々と頭を下げた。
それから、勝手に種を植えてしまったこと、唯一の荷物である袋を奪った事を、何度も詫びた。
男は、もうそんな事はどうでもいいのだ、と老婆に行って聞かせた。
老婆が、お礼がしたいのでぜひうちに泊まっていってくれ、と言ったので男は快くお願いした。
その夜、男はこの村に移り住むにはどうしたらいいのか、と老婆に聞いた。
老婆は、明日にでも村長のところへ連れて行って、空き家に住めるように取り計らって貰いましょう、と言った。
その村は、今でも
春には、さくらんぼと林檎。
夏には、夏みかん、琵琶に杏に李に桃、それから無花果、
秋には、柿と栗と梨に葡萄、
冬には蜜柑と、
それらが沢山実り、まるで桃源郷のような村なのだという。

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