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⑥13の男、雅志

昨日は自分の家で人が死んでしまい、警察やらなんやらで大変だった。もちろん俺が呪殺したのだが。少しでも主人公に近づきたいと、俺のことを13の男と呼ばせている。道具はわら人形と釘、そしてカナヅチだ。そう、拳銃ではなく呪術で依頼されたやつをこらしめるのが俺の仕事のひとつだ。

憎悪という黒い雨が降り止まない世界だ。依頼する者の話を聞くたびに人間という存在が無価値で醜い存在なのだと思えてくる。なにもかもがうんざりしてきて、このまま逝ってしまいたい。そんなささやかな夢を誰にも語ることができない孤独を身にしみて感じる日々だ。

こんな憎しみの種が蒔き散らかされている社会だから依頼がとぎれることもない。とくに、インターネットでホームぺージを開き、占いやさまざまな修法の依頼を受け付けるようになってからやたらと依頼が多くなったようだ。ネットで顔をあわせずにやることもできるが、劇画の主人公を鏡としている俺は、かならず依頼人と直接顔をあわせて話を聞いてから依頼を引き受けるかどうかを決める。

そして今日も憎しみに顔をひきつらせた男がやってきた。彼女に別の彼氏ができたのでその彼氏を殺ってほしいのだという。さっそく依頼をかたづけよう。

「あいつと彼氏がベッドインしているときに同時に殺してほしいんです。二人がやらかすと脳の血管が破れて、のたうちまわりながらあの世に蹴飛ばしてしまうような呪いをかけてください」

依頼者の目が怖い。どうも頭のネジがふっとんでいるようすだ。みた目では二十代後半だ。髪型は七三分け、あか抜けしてないカッターシャツ。今じゃ学校の先生や弁護士だってもう少しシャレた格好をしているものだぜ。まあ、俺も白衣にサングラスだから人のことをとやかく言えたものじゃないが。

「わかったよ」

プロに饒舌は似合わない。ただ依頼された仕事を確実にただこなすだけだ。

俺は依頼者の男から手渡された、彼女と彼氏の写真をふたつのわら人形にくくりつけた。
そしてふたつを抱きあわせたようにしてホームセンターから買ってきた木版の上に置いた。

男の視線が妙にうっとうしい。頭皮が急にかゆくなり、なんどか頭をかいた。昨日シャンプーを変えたせいなのか。

「それでははじめよう」

俺は呪文を唱えながら、わら人形に釘を打ちはじめた。男をみると、口をゆがめ、恍惚とした表情だ。まったく気持ちの悪いやつだ。 なんど目かに釘を打ちつけたとき、頭が割れるような痛みを感じ、カナヅチの動きを止めた。

「どうしました?」

「いや、なんでもない」

流れ落ちる汗をなんどもぬぐい、力強く釘を打ちつけた。「ぎゃぁー、痛ぇ!」

あまりの激痛にカナヅチを落としてしまった。いったいどうしたことだ。呪われることを予期して呪詛返しのする霊能者にでも頼んでいるのか、いや、まだ呪いはじめたばかりで相手に知れようはずがない。もう一度力のかぎり釘を打ちつけたとき、髪の毛が一本、わら人形についていることがわかった。どうやら俺の頭髪らしい。頭をかいたとき落ちてしまったのだろう。そして俺自身にも呪いをかけてしまったのだな。ああっ、なんてドジなことをしてしまったんだ。意識が急速に遠ざかってゆく......。

俺の体が宙に浮いていく。いや、俺の体は部屋のなかで倒れている。そうか、これが幽体離脱というものなのだろう。俺は死んでしまったのだろうか? いやそれならそれでいい。それほどこの世に未練があるわけじゃない。

両手を後ろ頭にやり、ぷかぷかと空を浮かんでいると、白い雲のなかに渦巻き模様がみえた。好奇心でそちらにいってみようと思うだけで空を飛ぶことができるようだ。死ぬことなんてそれほど怖いことなんかじゃないようだ。

灰色をした渦巻きのなかに入っていくと、急にめまいがし、すべてが闇に覆われた。

 しばらくするとしだいに霧が晴れるように闇から薄闇へと、それからくもりの日のような世界になってきた。

目をこらすように下のあたりをみていると、地図でしかみたことのない日本の姿がみえてきた。そして、なんということだ!空の上、おそらく地球をまわっている衛星からのミサイルが日本に落ち、赤黒い脳みそが爆発しているようなキノコ雲が立ち上った。それらを拡大するように、俺の視点は街の近くまで降りて詳細の状況をみることができた。場所はどこかはわからない。というよりもどこなのかわからないほどに悲惨な光景だったのだ。

焼けただれた、人ともいえず、まるでマネキン人形のようなものが散乱していた。アスファルトには焼き付いた人影。ビルは崩れた積み木のようにだらしない姿をさらけだし、空をみあげると、真っ黒な雲からタールのような雨が降ってきた。そうだ、核だ。どこかの国が核を搭載したミサイルを日本にぶち込みやがったのだ。

新聞紙がひらりと舞い踊る。日付をみてみると、2029年、6月6日。どうやら未来の光景のようだが、俺がこちらにやってきただろう日から数えて、もうそれほど時間がない。

しばらくその街に佇んでいたようだ。俺はすでに死んでいるのだから、関係ないが、やはり家族や友人たちのことが案じられた。俺はすぐに家族のところへと飛んだ。

どうやらまだ俺の街には影響がでていないようだが、なにやら街中が騒がしい。

俺は北海道からは遠く離れた新潟市に住んでいたが、まったく影響がないとはいえない。
なにしろ、今の核爆弾は第二次世界大戦のときとは格段に殺傷能力がアップし、広範囲に影響を与えるとテレビでみたことがあるのだ。

街に降り立ち、まわりを見渡すと、目を覆いたくなるような光景がみえてきた。狂気に満ちた目つきでナイフを振り回し、誰彼関係なく斬りつける者、あちこちの店から商品を略奪している者たち。やつらは核を落とされ、明日をもしれぬ不安と恐怖から正気を失っているのだ。

ふとなにか空に異変を感じて見上げると、またしてもミサイルが飛来してきた。日本じゅうにもミサイルが落とされることだって考えられる。俺はますます家族のことが心配になってきた。ほとんど瞬間的に俺の家にいた。もちろん、未来の俺の家だ。壁を通り抜け、部屋に入ると、妻や娘がそして息子までが血だらけになって身動きひとつしなかった。家のなかは物盗りたちが物色したのだろう。地震でもおきたように乱れ雑然としていた。おそらくどこの家でも似たような出来事がおきているのだろう。ただぼぉっと立ちつくし、絶望感に打ちひしがれているうちにいつのまにか自分の肉体に戻っていたようだった。夢だ、きっと夢だったにちがいない。いや、それとも......。

依頼主は呆れたのか、すでにいなかった。俺はテレビをつけ、ニュースをみた。あの国が、経済制裁を続けるなら核による強硬手段にでる用意があると報じていた。

(最終章にContinue)

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