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ショートショート『成仏します』

丸山厚生病院の一室で、ひとりの老婆が家族に見取られながら亡くなった。
 
「ハルおばあちゃんも、もう九十にもなるんだし、大往生だわね。思い残すことなんてきっとなかったと思うわ」
 
ハルの娘の春子が、ハンカチで涙をぬぐいながら言った。
 
亡くなった今もハルはイライラしながらベッドに座っていた。
 
(なにをぬかしているんだろ。私の若い頃は戦争はあるわ、生活は苦しいわで、今みたいに青春を謳歌できはしなかった。やっと楽に暮らせるようになったら、オレオレ詐欺にはひっかかる。まったく、できたらもういちど若返って楽しみたいわよ)
 
「ああっきもいわ。まるで蝉の脱け殻みたい」
 
孫の真里が、鼻をつまみながら、ハルの遺体に向かって言った。
 
(あらあら、真里ったら、こずかいをあげたりして可愛がってあげたのに、なんてことを言うんだろ。そうだ、真里にとり憑いて、ちょっとだけ若い子たちと過ごしてみようか) 
ハルが真里の背中にすっと入り込むと、真里は体をぶるぶると震わせた。
 
「超寒くなってきた。もう帰るよ」
 
ふらふら歩いてゆくたびに真里の意識が遠ざかる。そしてしだいにハルの意識が真里の体を支配していった。
 
(よしよし、しばらく真里の体を使わせてもらうよ。ん、なんてことでしょ、まだ高校生なのに、香水でも使っているんじゃないの、おおっ鼻につくこと‼)
 
外にでると、真里の友達の優子がさっそく声をかけてきた。
 
「マリン、待ってたよ。超速攻で帰るってメールきてたから」
 
「ありがとう。これからどうしよう」
 
「マリン、なんかいつもとちがうじゃん。やっぱばっちゃんが逝っちゃって普通に辛いんだ。ばっちゃんなんか、ただうざいだけだってLINEしてたけどさ」
 
「うざい?」
 
(なんて子でしょ。真里ったら、だんだん腹が立ってきたわ。まったくどうしてくれよう。真里たちとは別々に暮らしていたから、こんな訳のわからない言葉をつかっているなんて思ってもいなかったわ。たぶん、うっとおしいってことだわね!)
 
「あんた、脳味噌あるの? そんな短いスカート履いてよく恥ずかしくないわね!」
 
「マリンなに言ってんのよ、あんただって短いじゃん」
 
みれば、下着がみえそうなくらい短いスカートだ。ハルは思わずスカートの後を押さえた。 
そうしているうちに、ほかにも真里の友達の麻由がやってきた。
 
「マリンと優子どうしたの? なんかあぶない雰囲気」
 
「マリン、なんか過激に変なんだよ」
 
「どうしたのマリン? ばっちゃまにとり憑かれたん? まあ、どうでもいいけどさ、普通においしい店めっけたから、三人でいこうよ」
 
麻由がただならぬ空気を変えようと、ふたりに提案をした。

「すっごい無理、こんな気分でマリンとなんかいけない!」
 
優子は、真里をにらみつけながら強い調子で言い放った。
 
(いつから日本の言葉が壊れてしまったのだろう。普通においしい? すごい無理ってどういう感覚なのかわからないわ。なんかこうしていることがバカらしくなってきた。もう、この世に未練などないわ)
 
ハルは真里の体から煙のように抜け、天に昇っていった。真里はそのままうずくまり気を失った。

              (fin)

※トップ画像はshinsukesugieさまの作品です。ありがとうございます。


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