見出し画像

【解説】オリンピック・パラリンピック組織委員会というマトリックス組織

オリンピックを振り返るにあたり、「組織委員会」という組織の特殊性を理解しておくと有益だと思うのですが、これについて一般向けにわかりやすく解説した記事が見当たりません。そこで、私なりに、組織委員会の特徴を解説してみたいと思います。

その特徴のひとつが、「縦軸と横軸のマトリックス組織」であることです。今回はこれについて解説します。

「縦軸」としての部署、「横軸」としての会場

「縦軸」というのは、オリンピック・パラリンピックの運営にあたり、機能別に部署が分かれているということです。下の図は少々古いものですが、よく使われているものなので使用します。組織委員会にはおよそ60の部署があり、オリパラ用語では「FA」(Functional Area)と呼んでいます。

ちなみに、部署名の後ろにアルファベット3文字のコード(略語)が書かれていますが、オリパラではこのような3文字コードが大量にあって、新たに加入した人を困惑させます。

画像1

どのFAがどのような業務を行っているかの詳細を知りたい方は、例えば大会開催基本計画の25~132ページに詳しく解説してあります。

次に、「横軸」というのは、オリンピック・パラリンピックが、43の競技会場(Venue)で同時期に開催されるということです。なお、43のうちオリンピックで使われる競技会場は42(下図参照)、パラリンピックで使われる競技会場は21です。全ての競技会場にも、アルファベット3文字のコードが割り当てられています

画像2

画像3

縦軸と横軸が交差する

組織委員会では、競技会場ごとにFA担当者が配置されています。

例えば、複数の生産工場を持っている会社で、工場ごとに経理担当者がいるようなイメージです。

オリンピックは、短期間に膨大なロジスティックスが発生しますので、1人の担当者が複数の会場をみることは難しいです。そこで、1会場1部署につき、1人又は複数の担当者が配置されます(もちろん1人の担当者が複数の会場を担当する場合もあります)。単純化すれば、約40の競技会場(Venue)ごとに約50のFAがあって、結果として2,000(=40×50)のマトリックスになるのです。

例えば、私は、役職名で言えば Venue Protocol Manager(VPM)であり、江の島ヨットハーバー(EYH)という競技会場のプロトコール(PRT)という部署の責任者でした。縦軸はPRTであり、横軸はEYHです。そういう意味では、2,000分の1のセル(1個のマス目)を務めていたにすぎません。

画像4

機能別に部署(FA)が分かれていること自体は一般企業でも同様であり、全く目新しいことではありませんが、会場という「横軸」と組み合わさることで「マトリックス組織」となります。

ここで、上記の工場の経理担当者の例との違いは、ひとつひとつのセルの独立性が高いということです。

オリンピック・パラリンピックは、短期間に集中的に競技を開催するため、各会場のFA担当者は、なんでもかんでもFAのトップ(セントラル)に確認する暇はなく、現場でどんどん判断して、業務を進めなければなりません。そのため、開会式1か月前くらいまでに各FAでの業務研修を終え、そのあとは各競技会場に散らばり、そこからはけっこう孤独です。

私が所属していた会場プロトコール(PRT)は、組織委員会全体でも約100名のチームで、江の島ヨットハーバー(EYH)では、正マネージャー(VPM)の私と、副マネージャー(VPDM)の2名だけでした。1会場に担当者が1名だけというFAも珍しくありません。

競技会場では、FAとFAとの間の膨大な調整の連続です。各FAには各FAの「なすべきこと」があり、FA間で限られたリソース(例えば、人員、電力、資材、時間、予算、用地)を取り合うことになります。その中で、会場マネジメント(VEM)というFAは、様々な利害関係を調整してくれる、ありがたい存在です。

このように、組織委員会の莫大なロジスティックスは、マトリックス組織というマネジメント手法によって管理されていました。これは、東京大会に限ったことではなく、IOC(国際オリンピック委員会)が毎回のオリンピックで開催都市の組織委員会に導入させている手法です。

そのマトリックス組織経営が、東京2020大会の組織委員会において、ちゃんと(うまく)機能していたかどうかについては、また記事を改めることにします。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?