FSB HIV妊婦

毎朝のミーティングでまたスワヒリ語が飛び交う。医療単語は英語が多いからなんとなく内容を理解していく。テーブルの上に置いてあるのは、昨日日中にもいた妊婦さんのカルテであった。

昨日、彼女(2経産.31歳)は、角のベットで寝ていた。かなりふくよかな体型(88kgと記載されていたが、もっとあると思う)で、腹壁が厚く、トラウベでは聴取困難だったので、ドップラーで児心音を確認していた。
私が気軽に彼女の元によったとき、彼女を連れてきたスタッフさんが、私を呼び止め、小声でHIV陽性であることを耳打ちしてきた。
HIV陽性は、ここに来てそこまで珍しいものでもなく、何度かお目にかかったことがあるが、経膣分娩もしていたと記憶している。どんな時も手袋をつけろ、と、手袋のストックはよくなくなるし、基本的に誰も手袋をつけて妊婦に触れていないのに、そんなことを言われる。
勿論、ありがたい忠告に素直に従うが、その後も彼女たちは素手で彼女に触れていたので、よくわからないなと思う。
HIV陽性の妊婦は、基本的に母子感染リスクを少しでも下げるために、帝王切開が好ましいと日本のガイドラインでは記載されている。
私的に、彼女は帝王切開になるのだろう、今緊急の帝王切開が終わったら彼女なのだろうと思っていたが、なかなかそんなことはなく、子宮収縮薬も混注されていた。
その彼女が、ある時から、とてつもなく大きな叫び声で間欠期もなにも関係なく暴れ始めた。彼女なりの産痛の発散方法なのだと私は思った。スタッフの皆さんは、椅子に座ったまま、彼女に痛いのはしょうがないし落ち着く様にと話していた。医師が内診した際はまだ4cmとかだったと思う。他の人が腰のマッサージをしようと試みたものの、させてくれなくなったから、どうしようもないと話していた。

我々がボランティアを終了したおそらく1時間後を最後に、彼女は全ての処置を拒絶し、内診はおろか、児心音すら計れなくなった。
そのまま時は経過して、20時に出産したとき、胎児は死亡していたらしい。FSBとは分娩中に胎児が死亡したことを指すが、先月の統計ではなかった。
ここはアルーシャの中では最も高度な医療を提供できる施設だし、助けられる命も多いのかもしれないが。つまり、とても珍しいFSBの事例で、スタッフ間ではこれは改善すべき事例であった。
結果として、都度話し合う必要があるという結論に至った(それが解決策なのかわからない)、とミーティング後、英語で説明してもらった。
とてもアプガースコアの悪い赤ちゃんにお目にかかることはあっても、心音が最初は聞こえていたのに…というのは私も初めてだった。
ただ、彼女は本当に恐ろしい金切り声をずっとあげていたし、拒絶の仕方は容易に想像できるので、ここのスタッフさんが格闘したであろうことも理解はできるのである。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?