見出し画像

労働判例を読む#474

※ 司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例
【スミヨシ事件】(大阪地判R4.4.12労判1278.31)

 この事案は、12歳で頭部外傷後遺症のてんかんを発症し、その後、障害等級1級を認定されているだけでなく、交通事故により骨盤に8本のボトルが入っていて身体活動に制限がある従業員Xが、協調性の欠如や業務遂行能力の欠如を理由に、会社Yから解雇された事案で、Xは解雇が無効であると主張しました。裁判所は、Xの請求を概ね肯定しました。

1.事実認定の特徴
 この事案の特徴は、事実認定にあります。非常に長いページを割いて、Xの職場内での言動が、非常に詳細に認定されています。例えば、Xが同僚とやり取りした会話が詳細に再現されていたり(録音されていたのでしょう)、上司のXに対する指導の内容が、Xの業務遂行の状況とそれに対する具体的な発言の表現やニュアンスまで含めて詳細に再現されていたり(これも録音されていたのでしょう)します。Xが就業していた平成30年11月の初頭から6月下旬まで、毎日とは言わないまでも、週に数日は、その日の様子が詳細に再現されていますので、Xがどのような仕事をどのようにしていたのか、その際の周囲とのやり取りやその様子が、まるで再現ドラマを見ているように、詳細に述べられているのです。
 解雇の有効性につき、人事考課などではなく、従業員の言動やエピソードの積み重ねによって証明する場合には、それぞれの言動やエピソードが具体的に認定される必要があります。しかもこの判決では、単に上司の指示に反抗的な対応をしたかどうか、という抽象的なレベルだけでなく、どのようなやり取りがあったのか、具体的な発言が詳細に認定されており、今後、同様の事案についてどこまで主張・立証が必要なのか、実務家として非常に身につまされる判決です。

2.評価の特徴
 次に注目されるのは、この膨大な事実から、会社の定める解雇事由の有無がどのように認定されるか、つまりこれらの事実がどのように評価されるか、という点です。
 解雇理由として、大きくは、協調性の無さ、業務遂行能力・意欲の低さ、等です。
 このうち、協調性の無さについては、①Xが他の従業員を委縮させた、②同僚を見下していた、③同僚に危険な行動をとった、④Yがちゃんと指導した、⑤同僚はXとちゃんとコミュニケーションを取っていた、⑥Xは指導を受けても改善しなかった、⑦Yの業務に支障が生じる可能性があった、という点が論点となりました。
 また、業務遂行能力・意欲の低さについては、❶作業効率が改善されず、遅いままだった、❷スプレーガンの使い方が向上せず、重大なミスを犯した、❸断熱材の貼り付けが不適切だった、❹自分は流れを覚えないくせに、同僚を非難していた、という点が論点となりました(表現は簡略にしています)。
 この多くの論点でほぼ共通するのは、評価の方法です。
 例えば①では、最初に、他人を委縮させるような言動が実際にあったことを確認して、委縮させる面もあったと評価しています。②では、最初に、同僚を見下すような言動が実際にあったことを確認して、見下す面もあったと評価しています。けれども、いずれも、それぞれの言動についてそれなりにやむを得ない理由があったり(例えば、「労基に報告する」という発言は、入社間もない時期で、自分の障害などを理解してもらう必要があった、など)、不当な動機がなかったり(例えば、「裁判する」という発言は、同僚の言動が厳しいとXが感じたからであって、不当な動機がなかった、など)、等と評価しています。
 構成的には、先にYの主張を裏付ける部分を敢えて指摘して一定の評価を与えつつ、次にXの主張を裏付ける部分を指摘して、最終的にXの主張を採用している、という構成になります。
 内容的には、XとYのいずれの主張が正しいのか、協調性や業務遂行能力・意欲があるのかないのか、という白黒を付けるような判断をしているのではなく、XとYの主張、いずれもそれなりに合理性はあるが、どちらの方がより合理的か、という比較考量がされています。英語ではバランシングと言われる判断方法です。
 就業規則などで定められた解雇事由に該当する事由があったかどうか、という点から見ると白黒を付けるべき問題のようにも見えるのです。しかし、「協調性」「業務遂行能力・意欲」などは、事実の有無がそのまま問題にされているのではなく、評価を伴うものであり、一方の主張が決定的に正しい場合は限られるため、このような方法で判断されることになります。

3.解雇の合理性
 解雇の有効性は、解雇事由があるかどうか、という問題だけでなく、解雇が合理的かどうか(「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」)も問題となります(労契法16条)。この、解雇の「合理性」も、白黒がつく問題ではなく、もしこの「合理性」が問題になれば、上記の各事情と同様、比較考量やバランシングが行われることになります。
 しかし、上記の各事情の有無の判断で、比較考量やバランシングが行われれば、合理性の判断は重複することになります。わざわざ2段階で考慮する必要があるのか、という問題です。
 実際、本判決も、上記1と2の検討の結論として、解雇事由がない、と結論づけたうえで、「これらを総合しても、本件解雇は、客観的合理的な理由を欠き、社会通念上相当とは認められない」とコメントしています。すなわち本判決は、解雇事由の判断と合理性の判断が重複すること、したがって2段階で考慮するまでもないこと、を暗に示しているように思われます。

4.実務上のポイント
 障害者の解雇の場合、判断枠組みが特殊なものになるのではないが、特に上記2の判断の中で、障害者であることが、Xの言動の合理性を補強すべき事情として、さまざまな形で考慮されています。
 すなわち、障害者であることから、一律に合理性の判断基準が高くなる、というよりも、問題となった言動ごとに障害者であることがどのように影響しているのか、個別に合理性を検証する方法がとられています。
 もちろん、障害の程度が重すぎて、働くことが不可能な場合は違う方法で判断されることになるでしょうが、それなりに働くことが可能な本事案のような場合には、問題となる言動ごとに、障害者であることがどのように影響しているのかを検証していく、という判断方法が示されたと言えるでしょう。
 同様の事案の判断や対応に際し、参考になる裁判例です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?