労働判例を読む#248

【アニマルホールド事件】大分地裁R2.2.28判決(労判1231.157)
(2021.4.30初掲載)

YouTubeで3分解説!
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 この事案は、動物病院YのトリマーXが、売上金窃盗の疑いで妊娠中に解雇された事案で裁判所は解雇を無効と判断しました。

1.事実認定
 Yは、紙で残されている診療費明細書と、パソコンに残っている元データを突き合わせて、紛失した診療費明細書を炙りだしました。カード払いの場合を除き、紙の診療費明細書と現金が一致するはずだからです。そして、紙の診療明細書が紛失した41日に全て出勤していたのはXだけであることが、Xを犯人と判断した決め手になりました。
 Xは疑いを否定し、警察に連絡するよう求めましたが、Yの院長は自ら告白することを求めました(結局、後日警察に通報されました)。警察もXに話を聞いたものの、その後操作は進捗していないようです。このような状況で、YがXを解雇しました。
 裁判所は、外部犯行の可能性や、診療費明細書の他の理由による紛失の可能性を含め、これではXの犯罪が証明されないとし、解雇の合理性がないと評価しました。刑事事件で用いられる立証レベル、すなわち「合理的な疑いを入れない程度」かどうかを基準とするような認定です。すなわち、Yの主張する程度の証拠では、外部犯行や他の理由による診療費明細書の紛失の可能性もある、というように「合理的な疑い」の例をいくつか示して、Yの主張を否定しているのです。

2.実務上のポイント
 例えば、タイムカードに打刻された時間と異なる労働時間を認定するような事案では、従業員の日頃の行動パターンなどから、30分早く仕事を開始していたと評価する、などのようにかなり漠然とした立証で事実認定を行うことがあります。
 ところが、従業員の生活環境を一変させてしまう解雇の重大性や、実際に刑事事件の成否と無関係ではないことから、極めて厳格な証明が必要とされたのでしょう。
 ところで、雇用機会均等法9条4項が、妊娠中の女性を解雇する場合には事業主が合理性を証明できなければならないと定めています(より正確には、条文上は解雇事由該当性しか記載されていないが、合理性まで含めて証明しなければならないと解されています)。この規定が適用される場合だけ、このような厳格な立証が求められると考える人がいるかもしれません。
 けれども、解雇権濫用の法理(労契法16条)は、かなり以前から、その運用上実質的に解雇の合理性の証明を会社側が行わなければならない状況でした。しかも、被害届が提出されて刑事捜査が行われている事案で、刑事事件として有罪の判断が示されていないのに窃盗があったと認定することは、いかに民事手続きと刑事手続きは異なる手続きとはいえ、その判断の合理性を説明することが非常に難しくなります。さらに本判決で均等法の規定が言及されているのは、上記解雇事由の立証の場面ではなく、派生論点である解雇後の賃金請求権に関する部分にすぎません。
 したがって、妊婦の解雇の場合にだけこのような厳しいレベルでの立証が求められる、というわけではないと思われます。
 実務上のポイントとしては、特に刑事事件の犯人であることを理由に解雇するような場合には、この事案と同様かなり厳しいレベルで犯罪行為の立証が必要になり得る、と考えておくべきでしょう。

※ 英語版

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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