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労働判例を読む#579

今日の労働判例
【大和高田市事件】(奈良地葛城支判R4.7.15労判1305.47)

 この事案は、交通事故により右足関節に「下肢肢体不自由5級」の後遺障害を負う公務員Xが、ケースワーカーとして生活保護受給者宅を頻繁に訪問する業務などによって症状が悪化したとして、大和高田市Yに対し、損害賠償(約1000万円)を求めた事案です。
 裁判所は、Xの請求の一部(約300万円)を認めました。
 なお、公務員災害補償の支給が認められなかったため、その支給を求めた訴訟も別に提起されています。

1.事実認定の特徴
 この事案で裁判所は、Xにケースワーカー業務を担当させ続けたことと、Xの症状の悪化との間に因果関係があり、Yに過失がある、と判断しました。ここでは、3つのポイントを指摘します。
 1つ目は、数あるエピソードのうち、特にXが、足に悪いから配慮してほしい、という趣旨の発言・申し入れを繰り返していた、という点です。
 これらのエピソードについて、裁判所は、証明すべき証拠がない、等の理由で、Xの主張をかなりの部分で否定しています。ハラスメントなどの訴訟では、ハラスメントそのものとなる言動や、それに関係する言動について、加害者と被害者の証言しかない、という場面が多く出てきます。
 その中で、前後の状況などから合理性を判断する、等の観点から、被害者側の主張の合理性を認定する裁判例も、ときどき見かけます。
 しかしここでは、あまり深入りせずに、Xの主張を否定しています。Xの主張につながるような前後の状況がなかったのでしょうか。訴訟記録を詳細に検証しなければわかりませんが、少なくとも、例えば被害者側の証言は加害者側の証言よりも重視される、等のように簡単に図式化できないことは確認できます。
 2つ目は、医学的な問題です。因果関係に関し、Xの主張に反する医師の診断書がY側から提出されており、その評価・取り扱いが注目されます。
 この診断書は、①Xは、自然的経過でより症状が悪化した、②Xへの業務上の負荷は、日常生活の範囲を著しく超えない、という点を中心とするもののようですが、裁判所は、①’根拠が明らかでない、②’前提となるXの業務をどのようにとらえているのか明らかでない、という理由で、Yの主張を否定しています。
 医学的な見解について、その医学的な内容にまで踏み込んで合理性を評価している点が、注目されます。
 3つ目は、因果関係と過失の関係です。
 因果関係と過失は、独立した別の要件と位置付けられていますが、裁判所は、1つ目のポイントで因果関係を否定したものについては安全配慮義務違反を否定し、2つ目のポイントで因果関係を肯定したものについては安全配慮義務違反を肯定しています。
 因果関係の判断と、過失の判断が、特に説明もないまま、一致するものであるかのような説明がされているのです。
 現在のルールでは、因果関係は、単に原因と結果の関係にある(条件関係がある)だけでなく、その関係が社会的に相当であることが必要とされており、この「相当性」の部分が、過失の評価と重なる部分が多いことは、以前から指摘されていますが、そのことを、特に説明せず所与の前提としているかのような判断です。
 因果関係と過失の関係について、考えさせられるポイントです。

2.実務上のポイント
 さらに、慰謝料として約300万円の損害賠償を命じた点も注目されます。
 慰謝料の金額について、実務的に、100万円を超えるのはかなりの事態である、と言われることもあり、そのような観点から見れば、非常に高い金額の慰謝料が認定されたことになります。
 けれども、本事案は、Xの肉体的な機能が低下してしまった事案であり、運動機能の低下が(明確には議論されていませんが)伴うものです。特に交通事故での損害賠償事案では、運動機能の低下による将来収入・機会の低下による経済的な損害(精神損害ではない)の賠償が命じられることがあり、本事案では、それと同様の判断を、精神的な損害として行っているのでしょうか。
 損害の法的な整理と評価について、今後、注意すべきポイントと思われます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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