労働判例を読む#183

「国際自動車事件 その1」最高裁一小R2.3.30判決(労判1220.5, 15, 19)
(2020.9.4 初掲載)

 この事案は、タクシー会社Yの賃金制度の違法性が争われた3つの事件について、同日付で全く同じ判断を示した事案です。すなわち、Y賃金制度は、タクシー運転手の給与に関し、基本給などから構成される給与(基本給部分)と、歩合給から構成される給与(歩合給部分)の2本立てとなっています。ここで、残業などによって割増金が発生する場合、基本給部分の割増金と、歩合給部分の割増金が、残業などの時間数に応じて増額されますが、歩合給部分から2つの割増金の合計分だけ減額されます(マイナスの場合はゼロ)ので、「歩合給部分>割増金」である限り、いくら残業してもそれだけでは手取額が増えないことになります。
 最高裁は、Y賃金制度を、労基法37条に違反すると評価しました。3つの事件の2審は、全て労基法37条に違反しないと判断していましたので、これを全て覆したことになります。
 重要な問題が多く含まれているため、3回に分けて検討します。
 初回の今回は、最高裁判決自体の理解です。

1.背景事情
 ここで、最高裁がY賃金制度を違法と評価したことは、感覚的に理解できます。
 それは、タクシー運転手の手取りが、残業してもそれだけでは増えないことから、残業時間等に応じて割増金が支払われる、とする労基法37条が無意味になっているからです。
 けれども、3つの2審判決がY賃金制度を適法と評価したことも、感覚的に理解できます。
 それは、1日の勤務時間が最初から15.5時間と設定されているタクシー運転手の中には、手取金額を少しでも増やそうとして残業する人が少なからずいるからです。ただでさえ、長時間の運転で疲労が蓄積しているのに、さらに残業して運転を継続すれば、運転手自身の健康だけでなく、乗客や道路交通の安全も脅かされます。実際、Yの労働組合も度重なる協議を踏まえて、Y賃金制度の導入に賛成しています。つまり、健康や安全のために残業を減らすべき状況の中で、残業時間に対する割増金を支払わない方が、残業の抑制になるのです。
 こうすると、割増金を会社に負担させることによって残業時間を抑制しようとする労基法37条の規定に関し、金銭的な保障の方を重視する(最高裁)のか、残業抑制の方を重視する(2審)のか、という違いが、背景にあると評価できるでしょう。

2.理論構成
 他方、最高裁がY賃金制度を違法とした理論構成や事案のあてはめは、少し複雑です。
 以下の3~6で、分けて検討します。

3.労基法37条の趣旨
 まず、最高裁は、労基法37条が割増金の支払いを定めている趣旨・理由を確認します。
 これは、前記のとおり残業時間を抑制しよう、という点にあります。

4.「割増金」の計算方法(労基法37条の文言の意味)
 次に、「割増金」という言葉の意味です。
 最高裁は、法が示す計算方法(例えば、残業時間の場合は1.25を掛ける、という方法)でなくても、所定の金額を下回らなければよい、と判断しました。つまり、その金額が重要であり、計算方法に制約がないことが示されたのです。

5.判別可能性(労基法37条に書かれていない要件)
 次に、「判別可能性」という要件を設定します。
 最高裁は、既に過去の最高裁判決が必要であると定めていた「判別可能性」という要件が必要であることを再確認し、その内容をより具体的に示しました。
 ここでは、「判別可能性」が必要だ、とする過去の最高裁判決の結論部分を引用する(「通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条に定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である」)だけでその理由が示されていませんが、割増金に相当する部分が曖昧で、判別できない状態だと、従業員は何時間分の割増金を支払われたのか確認できず、会社による不正が防げなくなる、等の問題が生じてしまうからです。
 そのうえで、判別可能性の具体的な内容として、「判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要する」と言及し、労働契約の記載、計算方法、賃金体系上の位置付け、などの「諸般の事情」を考慮し、①の趣旨に照らして判断する、という判断枠組みが示されました。
 「判別可能性」という言葉を使っていますが、実態は「対価性」であり、その有無は、契約内容・計算方法・賃金体系上の位置づけなど、外形からは容易に判断できない事情で判断することになっています。こうなってくると、「対価性」の有無を厳密に調べようとするほど、従業員が簡単に「判別」できなくなっていきますので、「判別可能性」という言葉は、その本来の意味や目的から大きく変質してしまったことが理解できます。

6.あてはめ
 最後に、Y賃金制度の分析です。
 この部分の判決は、少しわかりにくくなっています。
 分かりにくさの原因の1つは、残業代等が、基本給部分だけでなく歩合給部分についても発生する、その両者を足したものが割増金である、という点です。誤解している人が意外と多く、残業代等は、基本給部分だけ発生すると思われる場合がありますが、歩合給部分からも発生します。つまり、Y賃金制度では、基本給部分と歩合給部分の両方から発生する割増金の合計額を、歩合給部分だけから控除しているので、話がややこしくなっているのです。
 この点を意識しながら、最高裁判決のロジックを理解しましょう。最高裁は、以下の3つの理由を示しています。
① 歩合給のコスト
 歩合給部分から割増金を控除するということは、歩合給獲得のためのコスト(残業など、時間をかけてタクシーを運転する、という労働)を、タクシー運転手が負担することになり、労基法37条の趣旨に合わない。
② 歩合給の構造
 「歩合給<割増金」の場合(水揚げが少なかった場合)には歩合給部分がゼロになる(マイナスではなくゼロになる)ことに着目し、そうすると、歩合給部分の「割増金のみが支払われることになる」が、そうすると、歩合給部分に関し、割増金だけが残り、計算の基礎となるべき元の部分がゼロとなってしまう。
③ 歩合給の判別可能性
 Y賃金制度は、実質的に、「出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは、歩合給対応部分の割増金のほか、同じく対象額Aから控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)。」とし、割増金には、時間外手当のほか、通常の労働時間の賃金である歩合給も含まれていて、両者が判別できない。
 この、分かりにくい最高裁判決の理論を理解するために、架空の数字を使って、モデル化します(モデルI)。
 基本給部分が、100万円です。水揚げに基づいて計算される「対象額A」が、7万円です。基本給部分の割増金が10万円です。対象額Aの割増金が1万円です。その他の細かい数字は無視します。
 この場合、支払われる給与は、111万円です。割増金が11万円であり、7万円‐11万円がマイナスとなる(-4万円)ため、歩合給部分が-4万円ではなくゼロとなります。そのため、基本給部分100万円、割増金11万円の他に、加算されるものが-4万円ではなくゼロになります。
 このモデルIに沿って、前記①~③を理解しましょう。
① 歩合給のコスト
 歩合給部分の8万円(対象額Aの7万円と、その割増金1万円)を稼ぐために残業までした(15.5時間/1日の本来の勤務時間と、これを超えた残業時間)のに、11万円>7万円、という理由から7万円はゼロとなってしまいました(1万円は、割増金の一部として支払われます)。このことが、歩合給7万円とその割増金1万円を獲得するためのコストを従業員に負わせている、という評価の根拠です。
② 歩合給の構造
 ①のとおり11万円>7万円なので、歩合給がゼロになります。そこで、割増金11万円(この中に、歩合給の割増金1万円が含まれます)の他に、追加される歩合給がゼロになってしまいます。そうすると、歩合給だけ見てみると、歩合給に関する割増金1万円だけが支払われ、その計算根拠になった7万円がゼロになります。7万円を基に時間単価を計算し、それに0.25×超過勤務時間を掛けて計算された結果の数字(1万円)だけが残り、元となる金額(7万円)が無くなるので、これはおかしい(例えていえば、元本部分なしに利息部分だけ発生するのはおかしい、というイメージでしょうか?)、という指摘です。
③ 歩合給の判別可能性
 7万円と1万円の合計の8万円が歩合給として支払われるべきなのに、これが、「割増金」11万円の中に、よくわからない形で混ぜ込まれた、したがって「判別可能性」がない、という指摘です。
 最高裁判決の根拠が理解できましたか?
 特に、この最高裁判決が、従業員は歩合給部分として7万円(対象額A)+1万円(この割増金)=8万円をもらえるはず、という前提で議論されていることが理解できましたか?
 つまり、最高裁判決は、「対象額A」という計算過程の数値が、あたかも確定した歩合給部分であるかのような前提で、議論を展開しているのです。

労働判例_2020_06_#1220

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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