労働判例を読む#311

今日の労働判例
【学校法人日通学園(大学准教授)事件】(千地判R2.3.25労判1243.101)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、寝不足による体調不良、転倒による脳挫傷、アルコール過剰摂取による肝機能障害、自律神経機能不全症、等の理由で何度か傷病休職を取得してきた准教授Xに対し、大学Yが、最後の自律神経機能不全症に関して、休職延長命令を3回発令し、その後に事務職への職種変更命令を発令して復職を認めた事案です。
 裁判所は、3回の休職延長命令は有効としましたが、職種変更命令は無効としました。

1.職種変更命令の有効性
 職種変更命令が有効であるかどうかは、3段階で検討されました。すなわち、❶職種限定の合意があったかどうか(あった)、❷職種変更の合意があったかどうか(なかった)、❸職種変更を命ずる「特段の事情」があったかどうか(なかった)、の3段階です。
 このうち❶については、就業規則で職種変更を命じることができると記載されていますが、この規定はXY間の契約によって修正されている、と評価されています。専門性が高い大学の教員については、明確な職種限定の規定が存在しなくても、職種限定の合意があったと認定される事案が最近も公表されています(例えば、学校法人国際医療福祉大学(仮処分)事件:宇地決R1.12.10労判1240.23、本連載#292)。このことから、大学の教員などについては、職種限定合意のない場合の方が例外になっているようにも見えます。もし、大学の教員のように専門性の高い者を中途採用する場合で、しかし能力や活動状況によっては専門家から一般従業員に変更する可能性がある契約にする場合には、原則と例外が逆になってしまう可能性も考慮して、職種変更の可能性を明確に示し、相互に了解しておくなどの対策を講じるべき場合もあるでしょう。
 そして、❷の判断は、❶と逆に厳格に行われています。❶では明文の規定が無くても合意が認定されたのですが、❷では5年間事務職員として勤務していたにもかかわらず、職種変更の合意はなかったと認定されました。❶と❷の判断は一貫しないようにも見えますが、❷では職種変更に同意していない旨の留保が、Xの代理人弁護士や本人から幾度となく示され、教員復帰の交渉が行われていたことから、職種変更の合意が無かったと認定されています。このように職種変更の合意に明確に反対の意思が示されている状況で職種変更の合意があったと認定することは非常に困難でしょう。ちなみに、上記国際医療福祉大学事件でも、弁護士から職種変更に同意していない旨の留保が明確に通知されていて、同様に職種変更の同意が否定されました。
 ❸は、傷病休職と復職が問題になった本事案に独特の論点です。
 すなわち、休職者が復職できるかどうかが問題になった場合に、休職前の状態に完全に戻っていなくても、しばらく働いていれば休職前の状態に戻るのであれば、その能力に見合った仕事を提供すべきである、と言われることがあります。
 例えば、一般財団法人あんしん財団事件(最三決R2.3.10労判1220.133)は、狭心症・不安障害によって休職した管理者を、従前の地位に戻せるのかを見極めるために降格減給したことの可否が争われた事案です。2審と最高裁は、就業規則に「復職にあたって旧職務と異なる職務に就いた場合は、職務の内容、心身の状況等を勘案して給与を決めることとする」という規定があることを手掛かりに、復職の際の降格減給を有効(人事権の濫用に該当しない)と評価しました。そのままの状態では復職できないが、仕事の負担を軽くすれば復職できる場合に、仕事の負担を軽くする(降格減給する)ことを認めた、と評価できるでしょう。
 そして、これと同様の判断が本事案でも可能であれば、❸について職種変更が可能と評価される可能性も認められるでしょう。
 けれども、職種限定の合意があるのに、その合意に反してまで職種変更をし、復職させる、という本事案に対して、降格減給だけが問題となったあんしん財団事件の判断が適用されるためには、職種限定合意のある場合の職種変更と、降格減給の相違など、検討すべき課題が残されていますし、本事案では、上記あんしん財団事件で問題となったような規定が存在するのかどうかも分かりません。また、上記あんしん財団事件では、従前の地位に戻せるのかを見極める、という目的での暫定的な降格減給でしたが、本事案では、数年間教員に戻るための折衝が行われていた後の職種変更ですから、そのような暫定的な目的は無さそうです。
 このように、復職の可否を見極めるための特殊な理由による職種変更は、理論的に認められるか、この事案でそのような事情があるのか、いずれについてもはっきりとしませんでした。裁判所が、❸について「特段の事情」が認められない、と判断したことも、止むを得ないように思われます。

2.実務上のポイント
 復職可能性の判断も、注目されます。
 すなわち、3回の休職延長や職種変更による復職命令は、いずれも元の状態で復職できない、という判断を示したことになります。
 裁判所は、復職の可否は、元の状態で働ける状態になって、労務の提供を申し出ているかどうかによっ て判断する、という判断枠組みを示しています。特に、元の状態で働けるかどうかについては、自律神経機能不全症が治ったかどうかだけでなく、その判断に必要な診断書を提出しなかったり、別の疾患のために入院していたりした事情を考慮して、身体的に労務提供可能かどうかが判断されています。
 さらに、このような身体的可能性だけでなく、教員としての職務遂行能力も考慮されています。すなわち、1年8か月の休職期間があっても、12年以上教育職員としてのキャリアがあり、教員としての業務を遂行する能力が無かったとは言えない、という趣旨の判断をしています。
 多くの事案で、復職の可否は身体的な労務提供可能性に焦点があてられてきましたが、本事案のように業務内容が高度に専門的である場合には、専門家としての職務遂行能力も考慮されるのです。後者は、病気が治ったかどうか、という視点から見ると少しずれている問題にも見えますが、復職とは結局のところ元どおり働き、元どおり労働債務を提供することが可能であることを意味するのですから、言葉のニュアンスからすれば少し外れているようでも、このような「職務遂行能力」の有無も考慮すべき事情に含まれるのです。
 身体的に労務提供可能な状態になったが、専門家としての職務遂行能力が不十分、というのは具体的にどのような状況なのか、この事案からは具体例がイメージしにくいところですが、例えば常に最新の情報の収集と分析が必要な専門家が、数年間そのような活動を全くしていなかったために、専門家としての職務遂行能力が大幅に低下してしまったような場合でしょうか。
 専門家の傷病休職に関し、一般の従業員の傷病休職と異なる点が明示された裁判例として、参考になります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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