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労働判例を読む#570

今日の労働判例
【ヤマト運輸(未払割増賃金)事件】(大阪地判R4.2.22労判1302.67)

 この事案は、宅配担当者のSD(サービスドライバー)であるXが、会社Yに対して、未払残業代などの支払いを求めた事案です。
 裁判所は、Xの請求を全て否定しました。

1.労働時間の確認
 特に注目されるのは、Yが、残業代の不払いがないかどうか、全社でSDに対して、それまでの勤務時間について申告漏れがないかどうか、一斉に確認した点です。すなわち、調査自体はH29.2から行われましたが、H27.3以降の勤務時間を対象に、申告していない勤務時間がないかどうかを申告させ、2次審査まで行ったうえで申告漏れが判明すれば、残業代などを支払う、という調査です。
 これは、まず経営的に見た場合、運送業界の労務管理の問題への対応の在り方として、非常に参考になります。手間がかかるだけでなく、人件費も、かなり高額になってしまうかもしれないのに、それでも労務管理を適正にしよう、という判断をしているからです。Yはこのほかにも、例えばSDの昼休みの取得を難しくする時間指定配達のうちの、昼12時から午後2時までの時間帯を廃止するなど、SDの業務環境改善に取り組んでいるのです。
 さらに法的にも、注目されるポイントがあります。
 1つ目は、労基の是正勧告(休憩時間が取れていない)がされたことの評価です。Xは、自分が休憩時間を取れなかったことがこれで証明されたかのような主張をしていますが、裁判所は、Xのその他の主張立証の合理性の低さと相まって、是正勧告が直ちにXの個別の事情を証明しない、という趣旨の判断を示し、この点のXの主張を否定しています。
 2つ目は、2次にわたる労働時間の確認プロセスの中で、上司からXに対して、未申告の労働時間が認められた場合には、残業代が支払われる、と何度か説明されたことが認定されており(Xは、そのような説明がなかったと主張する)、この調査によって労働時間はXも納得して確定している、という認定を前提に、その後のXの主張、例えば、早出残業があった、昼休みが取れなかった、等の主張をいずれも否定している点です。労働法分野では、労働者がサインしているだけでは、それが真意であった、と容易に認定されない場面が多くあります(例えば、「自由な意思」理論が適用される場合)が、一見すると、Xが確認の署名をしているという外観だけでXの主張を否定しているようにも見えます。けれどもよく読めば、労働時間の確認をYが非常に丁寧に行ったというプロセスの評価があった上で、Xの主張を否定していることがわかります。
 特に、Xが未申告の勤務時間「なし」と記載したことが、未払賃金の請求権の放棄に該当する、という認定・判断に際し、裁判所は、「自由な意思」があったかどうかを問題にし、結果的に「自由な意思」があった、と認定しました。これは、Xの労働時間の申告内容が、受領した賃金から計算される労働時間よりも短かった、という事情を根拠としています。結果的に、Xの労働時間に関する主張が、未払賃金の根拠にならなかった、という形式的な点が最終的な理由となっているのです。
 したがって、「自由な意思」がどのような場合に認められるのか、特に労働時間の確認プロセスの中でどこまで説明し、どこまで本人の意思を確認し、記録にすべきなのか、についての判断は示されていませんが、Yがここまで慎重で丁寧なプロセスを踏んだからこそ、Xの労働時間に関する主張が制約・抑制されたのかもしれません。
 3つ目は、逆に、Yの主張を否定し、Xが賃金請求権を放棄せず、Yも支払いを認めた部分がある、と認定した点です。
 勤務時間の申告漏れがないかを確認するプロセスが比較的しっかりとしており、そのためにXの主張の一部が、このプロセスによって否定されたものの、全てが放棄されたわけではない、という認定となっており、プロセスが全ての問題を解決するものではなかったのです。
 従業員を働かせすぎていないか、等、労働環境の現状を確認し、改善しようと取り組む際、どのようなプロセスにすべきか、プロセスによってどこまで対応できるのか、参考になる点でしょう。

2.実務上のポイント
 けれども最終的には、Xの請求は全て否定されました。Xの放棄が認められず、Yも支払いを認めた、と認定されたのに、結局、Xの請求が全て否定されたのは、変形労働時間性の制度設計と運用が適切だったからです。
 すなわちXは、残業を予定した変形労働時間性は違法である、所定時間が特定されていない、所定時間が頻繁に変更されたため所定時間が特定されていない、等の主張をしています。裁判所は、残業も(濫用は許されないが)可能、所定時間も特定されている、等としてXの主張を否定しました。
 結局、変形労働時間性で賃金の追加支払が否定されるのであれば、上記1の議論は、理論的には不要だったのかもしれません。
 けれども、XY双方の問題意識に配慮し、十分な議論がされた上での判決であることを示し、両者の納得を得るためには、理論的に不要と見える点の判断も必要、と裁判所は判断したのでしょう。実際、この判決は敗訴したXが控訴せず、1審で確定しています。
 労働時間の管理を適正化し、サービス残業やブラックな環境を改善することが、多くの会社で求められていますが、その方策の一つとして、Yの行った取り組みは、非常に参考になります。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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