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労働判例を読む#555

今日の労働判例
【阪神電気鉄道事件】(大阪高判R5.6.29労判1299.12)

 この事案は、電車乗務員Xが希望する日に有給休暇を取得できなかったことが違法であると主張して、会社Yに対し、これを欠勤扱いとして不払いとなった賃金や損害賠償の支払いを求めた事案です。
 裁判所は、Xの主張を否定しました。

1.論点
 近時、勤務時間をシフト制で決定する会社の従業員が、希望する日に有給休暇を取得できなかったことの違法性を主張し、争う事案での裁判例が多く紹介されています。
 特に、同じ鉄道会社の電車乗務員に関する、❶「JR東海(年休)事件」(東京地判R5.3.27労判1288.18、読本2024年版248)や❷「JR東海(年休・大阪)事件」(大阪地判R5.7.6労判1294.5、読本2024年版252)が、考えられる様々な論点について、いずれも詳細な検討をしており、事案の分析・論点の抽出や、様々な考え方が示されています。
 そこでは、①制度設計上の問題として、Yによる時季変更権の行使が、その日の5日前まで可能であることが、❶は違法、❷は適法であるとし、②人員不足により恒常的に有給消化できない状況にあったことが、❶は違法、❷は適法である、と判断しました。
 本判決で、②について、❷と同じ結論を示しました。①について、同じ論点ではありませんが、1審で、Xの有給休暇取得の制限が合理的かどうか、が議論されました。単純に比較できませんが、❷と同様、Xの請求を否定しました。

2.制度設計上の問題(①)
 ❶は、各事業所が設定した基準人員数を重視しています。この基準人員数は有給休暇消化にも配慮して設定されますが、基準人員数を達成しても、有給をすべて消化できないのに、それすら達成されなかった、という評価がされているのです。
 他方❷は、事業所が異なるため認定が異なる面もありますが、基準人員数は目安にすぎない、としたうえで、確保すべき乗務員数の計算は、日によって運行列車数も変化するので、基準人員数から単純に計算できない、としています。さらに、出勤予備の人数も、本来の5人を確保しきれていない日が多いことを、人手不足の根拠とするXの主張に対し、出勤予備の人数も目安にすぎず、しかも、たしかに5人確保できたのは27.8%だが、4人以上確保できたのは94.7%であり、目安は達成されている、と評価しました。
 これに対して本判決は、否定的な事情と肯定的な事情と比較して、合理性を認めました。
 否定的な事情として、そもそもXと同じ車掌の人数が、所定の91名に1名足りない90名(1名は復職教育中なので、実質89名)だったこと、(穴埋め的な)W勤務を17日も行ったこと、が指摘されました。
 肯定的な事情として、「予備循環のシフト」によって必要人員は確保できていたこと、時間外労働は三六協定の範囲内であること、年休取得率は96.6%であったこと、Y側が時季変更権を行使したのは4.7%にすぎないこと、Xが過去3年間有給を100%取得し、時季変更権を行使されなかったこと、予備循環シフトやW勤務で有給に関する休日出勤を避けようとしてきたこと、が指摘されました。
 結論として、肯定的な事情の方が相対的に大きかったということでしょうか、X側の主張を否定しました。内容的に見ると、
 このように、本判決では基準人員数などのような基準だけを理由とするのではなく、総合的な判断をしており、❷に近い判断構造です。

3.人員不足(②)
 ②については、1審がその判断を示し、2審はその判断を支持する、という内容です。なので、1審の判断が中心的な問題となりますが、そこでは、「使用者としての通常の配慮」を判断基準と設定しています。
 そのうえで、年休の観点からシフト制度の具体的な内容を検証しています。
 すなわち、労使の合議体の班協議会を通して乗務循環表→勤務実施表が決められること、車掌は3か月前から年休を申請できること、高級出勤をできるだけ発生させない等の基準で年休取得可否を判断すること、取得困難の場合にはその旨回答し、申請者の希望により保留扱いとすること、この場合、勤務日の4日前に時季変更権が行使され、勤務実施表の内容で勤務が確定すること、等が認定されています。
 このように、最悪の場合、4日前に時季変更権が行使されるのです。
 さらに、このような一般論に加え、Xが問題とした9月19日の状況を詳細に検討しています。
 すなわち、この日の年休希望者が、Xの申請以前に7人おり、さらに勤務割替の必要な者(社内行事・研修等)が5人いたため、予備循環6名全員の勤務と、W勤務も労使協定の合意上限の6本を命じる必要があった、という状況を認定しました。
 そして、このことから勤務割変更は客観的に可能な状況にはなかった、として、Xの主張を否定しました。
 ここでは、Xが1か月前に有給を申請した点も指摘しつつ、それでも通常の配慮をしても勤務割変更不可能、と判断しており、X側とY側の両方の事情を比較考慮し、そのバランスを踏まえた判断がされていると評価できます。

4.実務上のポイント
 ②の論点に関する裁判所の判断の評価ですが、2通り考えられます。
 1つ目は、Y側の事情を詳細に認定し、会社として受け入れられるかどうかという点が重視されているので、❷に近い、という見方です。❶は逆に、従業員側の事情、特に従業員としてやるべきことはやったのだから、会社側の受け入れ態勢が不十分、と受け取れるような判断をしており、❶とは方向が異なる、という点が強調されるのです。
 けれども2つ目の見方もあります。
 それは、❶❷いずれでもなく、むしろ❶❷がそれぞれ重視したポイント、すなわち従業員側の事情(有給取得のためにやるべきことはやった、など)と会社側の事情(有給休暇の希望日を受け入れることが難しい状況だった、など)の、いずれか一方ではなく両方を考慮した、という見方です。
 この2つ目の見方によれば、時季変更権の行使については画一的な基準には限界があり、どうしても総合的な判断が必要となる場面があること、そのうえで本事案は時季変更権の行使もやむを得ず、合理性を否定できないこと、という裁判所の判断構造が明確に見えてきます。
 ①は、個別の事案とは異なり、一般的な経営問題であって、当該対象従業員の人数やシフト制度の在り方が問題になっており、一般的・抽象的なレベルの問題ですが、これに対して②は、個別の事案であり、本事案の特殊性が重視されています。
 ❶と❷の間には、この②の判断に関し、特に判断枠組みの在り方について違いがあるようですので、今後の裁判例や議論の動向が注目されます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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