労働判例を読む#206

【国・人事院(経産省職員)事件】東京地裁R1.12.12判決(労判1223.52)
(2020.12.10初掲載)

 この事案は、トランスジェンダーの職員Xが、勤務先の経産省Yで女性として処遇されるように申し入れてきた事柄や経過について、Yの対応や決定に問題があるとして争った事案です。Xが問題にしたY担当者の言動や、Yの決定(Xの要求を拒否するものなど)は多岐にわたります。

 裁判所はこのうち、女性トイレの使用制限(執務室の上下1階の女性トイレの使用を禁止)と、上司Aの「なかなか手術を受けないんだったら、もう男に戻ってはどうか」という発言について、違法であると判断しました。

1.トイレの使用制限

 女性トイレの使用を全て禁じているわけではなく、多目的トイレもあるのに、その一部でしかない階数制限が違法とされたことについては、マスコミでも大きく取り上げられました。同僚の女性従業員に対して配慮する、というYの主張が認められなかったのです。

 なぜこのような結論になったのか、というと、その大きな理由は「比較考量」による判断方法と思われます。

 つまり、一方で、Yが女性トイレを使用した場合の問題は抽象的で小さい(女性の格好をしている、個室である、女性ホルモンの使用などで男性的な性的衝動の危険が極めて小さい、社内説明会で女性参加者から否定的な発言が無かった、など)のに対し、他方で、Yが男性トイレを使用した場合の問題は具体的で大きい(女性の格好をしている、実際、男性トイレに女性の格好をしたXが入ったところ、そこにいた男性が慌てて外に出たことが何度かあった、身体的にも女性になるための性別適合手術をXに強制することになる、など)、という比較が、判決理由の中で大きな比重を占めているのです。

 もちろん、このような消去法ばかりではなく、人格に関わる配慮などの積極的な要素も重要な事実であり、諸外国の動向や、日本国内でトランスジェンダーに対応している企業の対応例なども詳細に紹介されています。

 けれども、従業員に対する会社の配慮不足が問題になる場合には、ルールを画一的に適用するのではなく、会社と従業員の両者の事情を比較し、バランスを取る、という姿勢が必要となるのです。

2.Aの発言

 違法性が認められたAの発言の他にも、Xは、Yの関係者の様々な言動を問題にしています。

 その中には、管理の必要上、現状を確認するための質問にすぎないものや、Xに配慮して意向を確認するための質問にすぎないものも含まれており、Xの関係者としては、こんなことまで問題にされてしまうのか、と感じられる問題提起が多く含まれます。「被害妄想」「過敏な被害者」等と言われかねませんが、長年孤独に耐えてきたXの状況を思えば、Xの問題意識について、第三者が客観的に評価を下すプロセスが必要だったのかもしれません。

 このように、Xが問題にした様々な言動のほとんどが違法ではない、とされている中で、なぜ、「男に戻ってはどうか」が違法となったのでしょうか。

 Yは、手術を受けるまでは男性の格好でいたらどうだ、という趣旨だったと主張しています。

 けれども、裁判所はこのような趣旨であったとしても違法である、と判断しました。

 その理由は、①性別は、人格的な生存と密接不可分であり、自認する性別に即した社会生活を送ることができることは、重要な法的利益として、国家賠償法上も保護されること、②女性的な服装と男性的な服装が社会的文化として長年続いている日本では、Xに対して男性の格好を求めることは、Xの性自認を否定すること、が大きな骨子となります。

 未だに、生物学的な性別ではなく、自身が自認する性別は、保護すべきかどうかを問題にする人がいますが、司法の現場では、性自認は法的利益である、というレベルに入り始めています。問題にされた多くの言動は、この観点からみても問題ないとされていますので、性自認が法的利益であることを前提に、どのような言動であれば違法となるのかを見極めるため、具体的に問題にされた言動を比較してみると良いでしょう。

3.実務上のポイント

 デパートなどでも、最近は、女性トイレに女性の格好をした男性が入ってくることが多くなった、などと聞きます。

 ここでは、トイレの階数制限や配慮の足りない発言が問題となりましたが、他の従業員が、性自認を受容できないような職場では、制度変更や言動への教育を行ったところで、当該従業員に対するハラスメントやいじめ、当該従業員のメンタルなどに発展してしまう危険性を減らすことができません。

 経営的に見ても、同質的な組織による一体性や突破力よりも、多様性のある組織の柔軟性や創造力が求められる時代です。従業員の多様性は、従業員同士の受容性が前提になりますから、経営の観点からも、他者の性自認を受容できるような教育や雰囲気作りが、非常に重要となってきました。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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