見出し画像

労働判例を読む#161

「社会福祉法人北海道社会事業協会事件」札幌地裁R1.9.17判決(労判1214.18)
(2020.6.5初掲載)

 この事案は、病院Yで採用され、内定を得ていた社会福祉士Xが、以前同病院を受信した際にHIV感染の事実を記載していたのに、就職の際にはこのことを秘していたことから、虚偽申告を理由に内定が取り消しされた事案です。
 Xは、損害賠償の請求を求めたところ、裁判所はその一部を認容し、Yの責任を認めました。

1.内定取り消し

 裁判所が、Yの不法行為であると認定したのは、内定取り消しと、医療情報の採用活動への利用です。
 前者については、例えば、病院の患者に何らかの感染症が伝染することを予防するために、病院関係者の中でも患者と直接触れ合う可能性のある者(したがって、社会福祉士も含まれる)について、感染症に罹っていないことが重要、という意見もありうるところです。
 けれども、そうであればHIVだけの話ではありませんし、募集の段階から条件として明示しておくべきことでしょう。
 さらに、現在、HIVが伝染する危険が極めて小さいことが確認されているうえに、Xの症状も安定しており、就業することに差支えがない、という医師の診断書をYに提出しています。また、実際の業務でも患者と直接接触する機会が限られていることや、その後Xが他の病院で採用されたことなども考慮すれば、内定取り消しを違法とする判断について、特に異論はないでしょう。
 何か、HIV感染者がいるという風評を気にしたのかもしれませんが、その風評のリスクも、現在、それほど大きくないと評価されるでしょうし、HIV感染者であることを理由とした差別は許されない、とされていますので、風評のリスクを理由にすることも、原則とし許されないことになります。
 裁判所は、HIVに感染していないことの証明が必要な外国での勤務が予定されているような、極めて例外的な場合を除き、HIV感染の有無を確認すること自体、許されない、と説いています。

2.情報漏洩

 裁判所が特に問題にしているのが、後者の、医療情報の採用活動への利用です。
 そこでは、XがHIVのことを、親しい友人等以外には秘匿して生活しており、その例外がYの病院への申告だったこと、その情報が、採用の過程でYの方から示され、事実かどうか説明を求められたときの「葛藤…は想像に難くない」こと、なども考慮して、損害額を決定しています。
 HIVについては、病院に対して特にその情報秘匿の重要性が行政からも指摘されており、Yの配慮不足は明白ですから、この点の判断についても、特に異論はないでしょう。

3.実務上のポイント

 もし、それでも病院としてHIV感染者を採用したくない、ということであれば、HIVだけでなく、重大な感染症全般について、感染者を採用できない合理的な理由があること(勤務態様と伝染の可能性など)を確認し、そのために、もし病院の受信歴があれば、その医療記録を採用のために確認することの合意を、応募者それぞれから個別にもらうことが、最低限必要、ということになるでしょう。
 近時、ネットだけでなく、店舗での購買履歴など、様々な形で顧客の個人情報を会社が取得し、管理活用しています。
 このような情報を従業員の採用や管理のために活用することについて、極めて慎重な検討と対応が必要であることを、この裁判例が示してくれました。

画像1

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?