労働判例を読む#184

「国際自動車事件 その2」最高裁一小R2.3.30判決(労判1220.5, 15, 19)
(2020.9.5 初掲載, 2020.12.25訂正)

 この事案は、タクシー会社Yの賃金制度の違法性が争われた3つの事件について、同日付で全く同じ判断を示した事案です。すなわち、Y賃金制度は、タクシー運転手の給与に関し、基本給などから構成される給与(基本給部分)と、歩合給から構成される給与(歩合給部分)の2本立てとなっています。ここで、残業などによって割増金が発生する場合、基本給部分の割増金と、歩合給部分の割増金が、残業などの時間数に応じて増額されますが、歩合給部分から2つの割増金の合計分だけ減額されます(マイナスの場合はゼロ)ので、「歩合給部分>割増金」である限り、いくら残業してもそれだけでは手取額が増えないことになります。
 最高裁は、Y賃金制度を、労基法37条に違反すると評価しました。3つの事件の2審は、全て労基法37条に違反しないと判断していましたので、これを全て覆したことになります。
 重要な問題が多く含まれているため、3回に分けて検討します。
 2回目の今回は、最高裁判決の問題点を検討します。

7.最高裁判決の問題点
 ルールとして定まったので、実務上、今後は前記3~6と同様の判断構造で、賃金制度の違法性を判断することになります。
 ですから、最高裁判決の合理性について、詳細に議論しても実務的に空しく感じるところがありますが、たとえばこの最高裁判決の適用範囲が問題になった場合などに参考になり得ますので、最高裁の問題点を指摘しておきましょう(8~11)。

8.判断の方向性(前記「1.背景事情」)
 労基法37条は、残業等に対して割増金の支払いを必要と定めることによって、残業を抑制しようとする趣旨です。割増金の追加支払いは、それ自体が目的ではなく、残業抑制という別の目的を達成するための手段にすぎません。
 そうであれば、割増金の支払いが残業抑制に役立たず、逆に、残業を促進することになっているのであれば、割増金の支払いを実質的に否定することの方が、労基法37条に合致します。わざわざ労基法37条の趣旨を指摘したのですから、Y賃金制度を違法とした方が残業時間抑制に資することを、具体的説得的に説明すべきでした。

9.判断枠組み(前記3~5)
 最高裁は、一方で、最低限の割増金が支払われれば計算方法は問題にならない、として金額の問題であるとしつつ(前記3)、他方で、「諸般の事情」の1つとして計算方法が考慮されるとし(前記4)、実際の評価段階でも、その金額ではなく、割増金が控除されるという計算方法とその背景にある思想を問題にし、「判別可能性」という名目のもと、「対価性」を問題にしています(前記5)。
 難しく説明していますが、むしろ端的に、実質的・全体的に見れば、長時間働いてもその分受け取る金額が増えない、これは、計算方法を問題にせず最低限の金額さえ確保されれば良いというルール(前記4)に違反する(潜脱する)、という説明(後に11で検討しますが、以前、1回目の2審判決がこのように判断していました)の方が、(価値判断部分はともかく)理論的にはスッキリとしていて、矛盾を感じないところです。
 けれども最高裁判決は、「判別可能性」という要件を持ち込み、しかも、実質的には「対価性」を問題にしています。すなわち、内訳表示の方法やその計算方法など、外形から容易に判断できるかどうかが問題になるべき概念に加え、簡単には判別できない、計算式の背後にある制度設計の思想のような、会社ごと、事案ごとに、経歴などを調査しなければ評価できないような要素を盛り込んでいます。「判別可能性」という言葉を使っているのに、簡単には判別することができず、非常に分かりにくい判断構造を取っています。
 このような、わかりにくい「判別可能性」概念が立てられてしまったために、今後の実務上のルールとして、何が「判別可能性」なのかがかえって分かりにくくなってしまった、という皮肉な状態になってしまいました。「判別可能性」の判別が難しくなってしまったのです。

10.あてはめ(前記6)
  さらに、最高裁の当てはめ部分についても、問題があります。
 それは、端的に問題点の背景を指摘すると、従業員が歩合給部分として、前記の例で言うと8万円もらえたはず、という前提に立脚している点(前記①~③)です。少し詳細に分析しましょう。

a) 「対象額A」の評価
 まず最小限のところから議論を整理すれば、前記モデルIの金額設定を前提にすると、基本給部分の100万円と、これに対する割増金の10万円は、支払いが確保されなければいけません。これに対し、1万円部分は、もちろん一度約束した以上はその約束した方法で計算し、支払われなければならないものですが、算定方法の決め方については、法的にこれでなければならない、というようなルールはありません。
 計算過程で出てくる数字ですが、7万円(歩合給部分)については、法的に支払いが強制される金額ではない筈です。
 たしかに、「対象額A」という名称で、歩合給部分の過程的な金額が登場しますし、これに対する割増金らしき金額も計算され、「割増金」という名称で取り扱われていますが、それは計算過程の技術的な数値でしかありません。この「対象額A」から、一方で前記1万円(割増金の一部)が計算され、他方で、1万円を計算する根拠となるべき金額7万円とされます。
 そして、最高裁判決は、計算過程の暫定的な数字である「対象額A」を、あたかも確定的で独立した給与であるかのような前提で議論しています。
 すなわち、①歩合給獲得のコスト負担を問題にしているのは、対象額Aは、本来の給与の基本給部分(100万円)やそれに対する割増金(10万円)では評価されていない別のもの、という前提があるからです。そのことは、対象額Aが労働の対価として全額が支払われなければならない、という考えにつながっているように思われます。
 また、②歩合給の構造に関し、対象額Aの基本部分が発生せず、割増金部分だけが発生するのがおかしい、ということも、対象額Aが確定的に存在することを前提にしています。
 さらに、③歩合給の判別可能性も、対象額Aの独立性や対象額A内での基本給部分と割増金部分などについて、混ざってしまっていることを問題にしていますから、同様に、対象額Aを独立的に成立した給与体系とみることにつながります。
 しかし、これは、最終的な結論ではありません。
 最終的な結論は、この「対象額A」が計算の基礎とされるものの、あくまでも、この「対象額A」が割増金を上回った場合の、割増金との差額・残額が、最終的に「おまけ」として支払われる金額(モデルIでは1万円)になります。前記数値例では、対象額Aの歩合給部分は「おまけ」に含まれず、対象額Aの基本給部分の1万円部分が「おまけ」として追加支給される手当となります。計算過程で、歩合給に関する基本給部分と割増金部分を計算していますが、「おまけ」を計算するための思考過程に過ぎないのです。

b) 判別可能性
 このような問題によって、「判別可能性」(上記5)にも問題が生じます。
 ここで、「判別可能性」が問題になるのは、本来、100万円部分と10万円部分の「判別可能性」であり、1万円部分や7万円部分ではありません。ところが、上記c)の分析にあるように、最高裁判決は対象額Aと基本給、もしくは対象額A内部での「判別可能性」を問題にしています。これでは、最高裁判決自身が冒頭で定義した「判別可能性」と、その意義や適用対象が異なってきてしまいます。

c) まとめ
 このように、「対象額A」という計算過程の数値を持ち出さず、計算された結果を、前記2~5のルールにシンプルに当てはめれば、ここでの10a)~c)での検討と逆になりますから、Y賃金制度には何の問題もありません。最高裁判決は、「対象額A」という計算過程の数値を持ち込んで問題を複雑にし、本来の「判別可能性」が適用されるべき場面と異なる場面に「判別可能性」を適用することで、Y賃金制度を違法としたのです。

11.先行する最高裁判決との関係
 これは、3つの事件のうち1つの事件だけに関する問題点です。
 どういうことかというと、その1つの事件は、最高裁に上告されるのが、今回の最高裁判決につながる分も含めて2回目ですが、1回目の最高裁判決と今回2回目の最高裁判決の間に、大きな違いがあるところが問題です。
 すなわち、1回目の最高裁判決ですが、その前審となる2審が、(今回の最高裁判決と同様)Y賃金制度を無効と判断した(ただし、労基法37条の潜脱だから公序良俗違反、という理屈)のに対し、最高裁は、ここでの前記3に相当する判示だけして2審を破棄し、差し戻しました。
 このように返されれば、2審としては、Y賃金制度を無効と判断しづらくなりますから、Y賃金制度を有効と判断しました。基本給部分を見れば、割増金が支払われており、さらに追加される対象額Aが計算上減るだけだからです。
 けれども、今回の最高裁判決は、Y賃金制度を有効と判断した2審判決を破棄し、差し戻しました。
 1回目の最高裁は第三小法廷であり、今回2回目の最高裁は第一小法廷ですから、違うと言えば違うのですが、もし最初からY賃金制度を無効と評価しているのであれば、1回目の最高裁判決の際に、2審の判断を維持すればよかった(結論が同じだから)はずです。理由付けが、今回2回目の最高裁判決と明らかに違う部分は、補足説明をするなり、何らかの方法で修正できたでしょう。何らかの方法で理由付け部分だけ訂正すれば、わざわざ、前回1回目の2審判決を破棄する必要はなかったのです。
 このような見方に対しては、1回目の最高裁判決は、前記3・4部分しか判示していないのに対して、今回2回目の最高裁判決では、前記5が追加されているだけであって、逆の判断を示したのではない、という反対意見もありそうです。
 しかし、1回目も2回目も、共に直前の2審の判断を破棄しており、しかも破棄された2審の判断が逆だったのですから、1回目の最高裁判決と今回2回目の最高裁判決は、逆の判断をしている、と評価せざるを得ません。同じ事件に対する最高裁の評価が真逆になることは、予測可能性や法的安定性が害され、決して好ましいことではない筈です。
 訴訟手続上も、この事案に関係する問題に限定すれば、「判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があること」(民訴法312条3項)に上告理由が限定されており、結論に差がない法律構成の違いを理由に、控訴審を破棄することは、本来許されない筈です。


労働判例_2020_06_#1220※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?