労働判例を読む#327
今日の労働判例
【首都圏青年ユニオン執行委員長ほか事件】(東京地判R2.11.13労判1246.64)
※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK
この事案は、労使交渉の様子などを記載した労組側Yらの言動(SNS、雑誌記事)について、経営者Xの名誉を棄損するとして、Xが慰謝料を請求した事案です。裁判所は、Xの請求を全て否定しました。
なお、労使交渉の過程でのYらの言動も問題になりましたが、X本人尋問が急遽キャンセルとなり、Xの主張を裏付ける陳述書に対するYらの反論の機会がない、などとして証拠として採用されませんでした(労使交渉の過程でのYらの言動の責任も否定されました)が、この点の検討は省略します。
1.判断枠組み
Yらの表現の違法性が問題になりますが、以下のような判断枠組みが示されました。
① 社会的評価の低下
まず、表現が他人の名誉などを侵害するものかどうかが検討されます。
② 適切な論評
次に、名誉侵害的と評価された表現について、真実を伝えようとしたのかどうか、フェアな意見を伝えようとしたのかどうか、が検討されます。
③ 正当な組合活動
②で正当化できない場合であっても、組合活動として許容されるかどうか、が検討されます。
2.事実認定
ここで裁判所は、①についてXの主張を認めました。Yらの表現は、伏字を使うなどしてそれなりに配慮しているものの、Xが誰か、Xが社労士である点、などXが不当な言動を行ったとして攻撃した事実が認定されました。かなり具体的な情景描写がされており、労使交渉の様子がビジュアルに示されている分、名誉棄損となるべき表現の具体性がどうしても必要なのでしょう。例えばXについて、「ブラック企業」「平気で噓をつくブラック社労士」「なりすまし社労士」などの表現を用いていますが、これらがXの社会的評価を低下させる表現、すなわち名誉棄損となるべき表現である、という評価がされたのです。
けれども裁判所は、②も認めました。
すなわち、事実に合致する内容、事実に合致すると信じるに相当な内容の事実適示や論評が行われたと認定し、Yらの表現の違法性を否定しました。
具体的には、労働問題という公共的・公益的な目的があること、Xの具体的な氏名を公表したのではなく、団体交渉での対応に問題のある点を指摘したにすぎないこと、などから真実性・相当性があることを認定し、Yらの責任を否定しました。
この上で裁判所は、②が認められたことから③を検討するまでもなく、Yらに責任がない、と認定しました。
3.実務上のポイント
他人の社会的評価を低下させる行為は、名誉棄損となるべき行為です。
けれども、それが労使関係に関わる場合には、②表現行為として有効となる場合、③組合活動として有効となる場合、違法性や責任が無くなります。
逆に言うと、会社は、労働者からの批判に対し、SNSなどで一般的に非難される場合に比べると、②③の分だけ「我慢」しなければならない場合がある、ということになります。対等な立場、として考えると納得できないことですが、従業員はこの点でも、会社に対して保護された立場にあるのです。
したがって、従業員からの批判やSNSなどでの言動は、例えば取引先や顧客からの苦情の場合に比較して、慎重で我慢強い対応が必要となるのです。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!