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労働判例を読む#471

【JMITU愛知支部ほか(オハラ樹脂工業・仮処分)事件】(名古屋地決R4.11.10労判1277.37)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、労働組合Yが、ネット上で会社Xを誹謗中傷する記事を掲載しているとして、その削除を求めた仮処分手続きで、裁判所はXの請求を否定する決定をしました(判決ではない)。

1.判断枠組み
 裁判所は、2段階で判断しています。
 すなわち、1段階目は「本件各記事の違法性」と題される章で検討されているとおり、問題とされたそれぞれの記事について、名誉棄損となるかどうかが検討されています。
 この検討の結果、一部の記事については名誉棄損に該当しない、とされたものの、多くの記事については名誉棄損に該当する、とされました。
 そして2段階目は、「違法性阻却事由」と題される章で検討されているとおり、問題とされるそれぞれの記事について、「仮処分手続きにおいて削除を認めるべき違法性」の有無が検討されています。
 この検討の結果、残りの全ての記事について、かかる違法性がない、とされました。
 このような2段階の判断は、近時の裁判例でも見かけるものです。
 中には、表現行為として許されるかどうか、という2段階目の判断の他に、労働組合の活動として許されるかどうか、という3段階目の判断の可能性を示唆する裁判例もあります(首都圏青年ユニオン執行委員長ほか事件、東京地判R2.11.13労判1246.64)。
 しかし、この首都圏青年ユニオン事件では、結局3段階目の判断が行われておらず、3段階目の判断枠組みがどのような場合にどのように適用されるのか、示されています。
 しかも本事案では、組合活動に伴う表現行為としての合理性が、2段階目の判断の中で検討されており、表現行為としての合理性と、組合活動としての合理性が、一体のものとして扱われています。抽象的・理念的には、この2つを分けることは可能でしょうが、実際にはこれを無理に分けたところで、議論が整理されるよりも、むしろ複雑にしてしまうことが心配されます(表現行為と組合活動と、両方の面から合わせて合理性が認められるべき事情が多数あるように思われます)から、本事案のように、2段階の判断枠組みとし、2段階目の判断の中で、表現行為と組合活動の両面から合理性を検討する判断枠組みの方が、より合理的であるように思われます。

2.事実の適示(摘示)と意見の表明
 具体的な判断について、少し掘り下げてみてみましょう。
 判決では、事実の摘示(判決は「適示」と表示していますが、一般的にこれは、「てきじ」でなく「てきし」と読み、「適」でなく「摘」の方が正しいようです)と、意見の表明に分け、問題となる表現ごとに、以下のように検討しています。

① 事実の摘示
 具体的な事実の摘示があれば、それが真実であれば、それだけで違法性がない、と評価しています。
 また、これが真実でなくても、真実であると信じるについて相当な理由があれば、やはり違法性がない、と評価しています。
 なお、細かい点ですが、意見の前提として摘示される事実が、抽象的な事実にとどまる場合には、「適示された事実の具体性が高くなく、名誉又は信用棄損の程度が高いとはいえない」と評価しているくだりがあります。裁判所の事実認定の問題として見た場合には、抽象的な事実は、認定に与える影響が小さく、弁護士としても、より具体的な事実を集め、証言してもらうように、訴訟活動を行いますから、この評価も分からないではありません。
 けれども、名誉棄損や信用棄損という観点から見た場合、何か怪しい背景がありそうなことを匂わせた表現がネットで拡散され、炎上するような事態を多く見かけます。抽象的な事実の摘示の場合の方が、その怪しさが高い場合も、実際には多く考えられます。
 摘示される事実の抽象度が高ければ違法性が低く、具体的であれば違法性が高い、という図式それ自体が適切かどうか、検討する必要があるでしょう。

② 意見の表明
 事実の摘示でない部分については、意見の表明として合理的かどうかが検討されています。
 その中で、労働組合としてある程度攻撃的であっても止むを得ない、など、合理性の判断について、Yにとって表現活動しやすいように、判断のレベル・バーが少し下げられているように見受けられます。
 なぜこのような基準で判断しているのか、という点ですが、これは、労働組合の活動が、訴訟などのように違法か合法かを争うのではなく、どのような労働条件が好ましいかどうか、という経営判断の合理性を議論するものであることにも関わるのでしょう。ある労働条件について、例えばA案が「好ましい」という意見を労使が議論し、意見を闘わせるのですから、厳密に正当性が証明されていなくても、「好ましい」と言えるだけの合理性があれば、それは意見として尊重しなければならず、したがって、判断基準もこれに合わせて設定されているのではないか、と思われるのです。

3.実務上のポイント
 さらに、2段階目の「違法性阻却」が認められるためには、「表現の目的」「表現の態様」の合理性も必要、としつつ、このいずれも合理性を認めています。会社や経営者を攻撃する面が比較的小さい事案なので、この点の判断は、特に問題ないように思われますが、より先鋭的な攻撃や人格非難の要素が大きくなってくると、これらの点も、判断が難しくなっていくでしょう。
 裁判所が、組合の表現活動の合理性をどのように評価するのか、参考になる裁判例です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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