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労働判例を読む#410

今日の労働判例
【シナジー・コンサルティング事件】(東京地判R3.2.15労判1264.77)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、不動産会社Yの営業担当者Xが、勤務状況不良などを理由に懲戒解雇・解雇された事案で、Xは、これらが無効であると主張し(これに基づいて、労働契約上の地位の確認と賃金の支払いを請求し)、さらに残業代や歩合給の未払い、パワハラなどによる損害賠償も請求した事案です。
 裁判所は、懲戒解雇・解雇の無効を認め(地位を確認し、賃金の支払いを命じ)、歩合給の追加支払いを一部命じましたが、残業代と損害賠償の請求は否定しました。
 ここでは、懲戒解雇・解雇と残業代、損害賠償について検討します。

1.Xと上司の喧嘩
 Xは上司Eと折り合いが悪く、それがXの勤務態度不良の背景のようですが、実際に職場でXとEがけんかをしたことがあります。この喧嘩について、Yは、XがEに暴行したとして、これを懲戒解雇・解雇の理由の一つとしています。他方Xは、EがXに暴行したとして、これを損害賠償の理由の一つとしています。
 このように、XとEいずれも、自分の方が被害者であると主張しています。
 裁判所はこの点、①XとEの証言を、他の証拠とも突き合わせて検証し、XとEのいずれの証言も信用できないとし、②そうすると、XとEが掴み合い、そこに止めに入った社員達もいたことと、③XとEの怪我の原因が誰の行為に基づくのか不明であることだけしか認定できない、としています。つまり、Xの暴行も、Eの暴行も、いずれも認定できない、ということになります。
 このことを前提に、Yの主張する懲戒解雇・解雇については、Xによる暴行が認められないので、これは懲戒解雇・解雇事由にならないとし、Xの主張する損害賠償については、Yによる暴行が認められないので、この点について損害賠償できない、としました。
 ところで、会社と従業員の主張や証言が食い違うとき、裁判所はどのように判断するでしょうか。単に両者の言い分が食い違っているから真偽不明、と突き放す(そうすると、立証責任の問題として機械的に処理されることになる)ように思うかもしれません。しかし、多くの裁判例では、食い違いの生じている背景や、それぞれの証言の矛盾の有無、合理性の程度などを比較し、いずれの証言のどの部分がより合理的かを判断しています。
 これに対して本判決は、結果的にXとEのいずれの証言も信用できない(いずれかがより信用できるというわけではない)と認定していますから、むしろ突き放した判断をしているようにも見えます。
 けれども、ロクに検討もせずに真偽不明としたのではなく、喧嘩の状況を詳細に検討したうえで、結局、何が原因でXとEが怪我をしたのかわからない、という結論を導き出しているので、できる限りいずれの主張が信頼できるのかを探す姿勢は評価されるべきでしょう。結果的に、喧嘩両成敗のような形になっていますが、それは最初からそのように狙って出した結論ではない、と考えたいところです。

2.労務管理
 労務管理に関する問題も、XY両方の主張に関わっています。すなわち、Yの主張として、Xの無断欠勤や遅刻早退があります。また、Xの主張として、時間外労働があります。
 そして、Xの無断欠勤や遅刻早退について、これをYが容認していて、Xは自由に勤務時間を決めることができた、という法的な権利を否定しつつ、Xの無断欠勤や遅刻早退を証明する証拠もない、とされました。勤務時間を全く管理しておらず、いざという時にYはXの職務怠慢を全く証明できなかったのです。
 他方、勤務時間を証明できなかったのはXの方も同様です。しかも、自分が主張する労働時間の記録がないだけでなく、中には、その主張内容と矛盾する事実が存在する場合(例えば、12時出社と主張しているのに、自ら提出した書類では、12時に家を出て現地に2時に着いた、という記載がある場合)すらありました。X自身も、自らの主張を証明する十分な記録がなかったのです。
 このように見ると、この部分は上記と異なり、裁判所が合理性を探求しようにも探求できない論点である、と言えるでしょう。このような場面では、会社としては、キチンと労務管理を行い、必要な記録を正しく残しておく、という当たり前の基本が重要である、と理解できます。

3.実務上のポイント
 実際、Xは反抗的な言動が多く、「扱いにくい」従業員だったようです。
 だからこそ、労務管理をしっかりと行い、不正や職務怠慢などを記録化する、という基本が重要となるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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