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労働判例を読む#557

今日の労働判例
【パチンコ店経営会社A社事件】(横浜地判R4.4.14労判1299.38)

 この事案は、社長が死亡した後に、監査役や部長であった社長の甥の双子の兄弟Xらが、社長の妻らが経営することとなった会社Yから、減給(月70万円超→40万円)のうえ、解雇されたため、それらを無効として、得られるべきだった賃金などの支払いを請求しました。
 裁判所は、Xらの請求を広く認めました(一部)。

1.労働者性
 Xらが労働者ではない、というYの主張が、最初の論点です。経営者なので、労働法の厳しいルールが適用されない、ということです。
 労働者性に関し、総合的な判断がされるため、判断枠組みが設定されて、議論が整理されますが、ここでは、以下の3つの判断枠組みで議論が整理されています(段落のタイトルで示されています)。
① 指揮監督関係の有無・内容
 ここでは、Xらが指示された仕事を中心にしており、会社の代表印などを管理していたとしても、権限があったわけではない、等の点が議論されています。
② YのXらの取扱い
 ここでは、給与名目で報酬を支払っていたことや、株主総会で決議などせずに部長職を解任し減給したこと、等が指摘されています。
③ 監査役の実態
 ここでは、経営をチェックしていないことや、給与として報酬が支払われていたこと、等が指摘されています。
 このように見ると、(労働者性に関して数多くの判断枠組みが議論される傾向があるなかで)本判決が示した判断枠組みは非常にシンプルで、労働者としての性格(特に①)と、経営者としての性格(特に③)のバランス(②はその中間)、と整理できるでしょう。
 労働者性は、単に、指揮命令や拘束性等、強制の契機(従わざるを得ない、という側面)の積み上げばかりでなく、それと対立する要素(ここでは「経営者」という側面)との、バランス・比較衡量の観点から、相対的に判断する、ということが、この裁判例からも理解できます。
 このような相対的な評価の結果、Xらは経営者でなく、労働者である、と認定されたのです。

2.減給
 裁判所は、減給を無効としました。主な理由は2つです。
 1つ目は、そもそも、職務怠慢などの事情が証明されていない、というものです。詳細は省略しますが、死亡した社長からその妹が経営を引き継ぐ前後で協力的でなかった、とするいくつかのエピソードが、全て裁判所に否定されました。
 2つ目は、不正の告発です。これは、パチンコ台の出玉率を不正に操作したことをXらが、動画も撮った上で捜査当局に告発したことが、XらとYの経営側の対立を決定的にしたようですが、裁判所は、公益通報者保護法で保護される、したがってこれを理由とする労働法上の不利益処分は違法である、と判断しました。
 公益通報者保護法上の保護に値するかどうかについて、本判決は、同法の規定を簡単に適用して判断していますが、例えば「神社本庁事件」(東京地判R3.3.18労判1260.50、読本23.345)では、同法の規定よりもさらに詳細な判断枠組みを示し、公益通報の合理性を検討しました(合理性を認めました)。
 それに比較すれば、本判決はかなりシンプルですが、それはXらを助けるために判断を簡単にしたというよりも、Y側から十分な事実・主張が示されなかったことによるようにも思われます。公益通報者保護法の適用の有無は、従業員の権利意識が高まっていく中で、今後はこれまで以上に議論される論点と思われますから、今後、その動向に注目すべき論点です。

3.解雇
 本事案は、XらがY側の不正(パチンコの出玉率の不正改変)を告発したことにより、Yが営業停止処分を受けたために整理解雇した、そうでなくても告発が不当であり普通解雇した、とY 側が主張しています。
 しかし裁判所はこのいずれも否定しました。
 整理解雇の観点からは、整理解雇を回避するための手立てが講じられていないなど、いわゆる整理解雇の4要素に該当しないことが、簡潔に指摘されています。
 普通解雇についても、上記告発の合理性が認められることが、簡潔に指摘されています。
 整理解雇にしろ、普通解雇にしろ、その合理性が正面から議論される事案では、より詳細に検討されますが、本事案では、比較的シンプルに判断が示されています。Yが合理性を裏付ける事実・証拠・エピソードを十分提出できなかったのか、裁判所が重要性を認めなかったのか、その理由は分かりませんが、いずれにしろ、解雇が難しい事案だった(と裁判所が評価した事案だった)、と言えるでしょう。

4.実務上のポイント
 先代の社長死亡後の、親族間の対立、という側面が垣間見れる事案です。
 このような背景を考えると、本事案は、親族間の対立がどのような問題を惹き起こすのか、等を学ぶ参考にもなります。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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