労働判例を読む#297

【山形県・県労委(国立大学法人山形大学)事件】(仙高判R3.3.23労判1241.5)
(2021.9.17初掲載)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、国家公務員の給与制度の2回の改定に合わせて大学Xも給与制度を2回改定し、人件費を抑制(昇給抑制・賃金引下げ)したところ、労働組合Kが給与制度の2回の改定に対して団体交渉を申し入れた事案です。Xは、賃金抑制の必要性の説明に終始し、制度改定の一部を強行しましたが、Kは、これが不当労働行為に当たるとして県労委Yに救済を求めました。Yは、Xの対応の一部が誠実交渉義務に違反するとして不当労働行為と認定し、救済命令を発しました。
 そこで、XがYの救済命令の取り消しを求めて裁判所に訴訟を提起しました。1審・2審とも、Xの請求を認めました。

1.判断枠組み
 本判決は、労働委員会が救済申立ての却下事由の1つである「請求する救済の内容が、法令上又は事実上実現することが不可能であることが明らかなとき」(労働委員会規則33条1項6号)を類推適用し、救済命令が実現不可能な場合には救済命令が、「裁量権の範囲を逸脱したもの」となり、違法・無効になるとしています。
 このうえで、実現不可能かどうかについての評価方法が、1審と2審で異なります。
 1審は、既に制度改定をしてしまい、施行されていることから、それだけで実現不可能であると評価しています。
 これに対して2審は、施行されただけで実現不可能になるわけではない、と1審の評価を否定しました。そのうえで、実現するためには人件費予算が必要となるが、既に施行から4年経過し制度改定を前提とした法律関係が蓄積していること、国からの補助に運営費の3割を依存していて、その国からの補助費も減額されていること、特に従業員の退職金をXが負担できず、以前からKと厳しい折衝を重ねていたこと、を指摘して、実現不可能と評価しました。
 Kは、改定してしまえば「実現不可能」と評価されることになれば、改定を強行すればもはや団体交渉に応じなくてもよくなってしまう、などと反論しました。
 けれども裁判所はこれに対して、改定を強行すればよいのではなく、様々な事情を考慮して結果的に実現不可能と評価されたにすぎない、労使交渉は「正常な集団的労使秩序の回復」「労使間の一定の合意の成立」を目的とするが、実現不可能な団体交渉を強いるのは行き過ぎであること、ポスト・ノーティス命令でも一定の効果があり得ること、を指摘しています。

2.実務上のポイント
 制度改定を強行すれば、その後の団体交渉に応じる義務が自動的になくなる、と解釈できてしまう1審の判断は、さすがに制度の存在意義を失わせかねません。
 けれども、2審の判断についても批判があります。
 すなわち労判の解説は、2審は救済内容を「結果」に求めているが、団体交渉という「過程」に求めるべきではないか、という趣旨の指摘をしています(労判1241.8右)。
 救済内容を「過程」に置くと、交渉している状況ができればそれで目的が達成される、ということでしょうか。けれども、そうすると解決の余地のない交渉を両当事者に強いることになってしまう場合が生ずるように思われます。あるいは、実現不可能かどうかは交渉してみないとわからない、第三者が実現不可能と決めつけてしまうのではなく、当事者に交渉させ、当事者に事態の打破を試みさせることが適切という趣旨でしょうか。
 現時点では、この批判の合理性について判断しかねますが、少なくとも言えることは、2審の示したルールが誠実交渉義務の内容についてまだ固まったものとはいえない、と思われます。
 既に団体交渉事項が制度化されたことを交渉打ち切りの理由にする場合、既成事実を作ってしまえ、という安易な発想は受け入れられない点で、今後の参考になるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでい悠にする場合、ます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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