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労働判例を読む#457

【丸八ガラス店(求償金請求)事件】(福岡高判R3.10.29労判1274.70)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、労災を認定して支払った労働基準監督署(国)Xが、労災を負った従業員の派遣先の会社(丸八ガラス店)Yに対し、事故防止義務を怠ったとして求償した事案です。1審2審は、いずれも、そもそもそのような義務が発生しない、としてXの請求を否定しました。

1.第三者への求償
 本事案では、労災保険法12条の4が適用されるかどうかが問題になりました。馴染みのない規定ですが、以下のように、第三者(ここではY)が損害賠償義務を負う場合、国(ここではX)がこの損害賠償請求権を取得する、というものです。

労働者災害補償保険法 12条の4
① 政府は、保険給付の原因である事故が第三者の行為によって生じた場合において、保険給付をしたときは、その給付の価額の限度で、保険給付を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得する。
② 前項の場合において、保険給付を受けるべき者が当該第三者から同一の事由について損害賠償を受けたときは、政府は、その価額の限度で保険給付をしないことができる。

 民間の保険でも、加害者に対して保険会社が求償できるようになっています(各保険約款や保険法25条など)が、これと同様に、保険料を支払っていない加害者が、その責任を免れられないようになっているのです。
 ここで、労災保険と国による損害賠償請求の関係を整理しておきましょう。
 労災保険は、労働者に対し、「業務起因性」(業務と傷害の因果関係)が認められれば支払われます。使用者の過失は問題になりません。
 他方、損害賠償請求は、第三者(ここではY)での業務と傷害の因果関係だけでなく、さらに当該第三者の過失が必要になります。
 すなわち、国(ここではX)が労災を支払う場合(すなわち業務起因性がある場合)でも、第三者(ここではY)に対して損害賠償請求できない場合(特に過失がない場合)が生じうるのです。そして、本事案はまさにこのような結論(つまり、労災保険が支払われるが、損害賠償請求できない場合)が示されたのです。

2.事実認定
 実際に何が理由となって損害賠償請求が否定されたか、というと、Yに過失がなかった、という認定がされたからです。裁判所は、因果関係の有無について触れず、労災保険の支払いが適切だったかどうかについて何も判断を示しませんでした。あくまで、Yの民事責任の有無だけを問題にし、その中でもYの過失の有無だけを問題にしたのです。
 その中でも、過失の2つの要素(予見可能性・予見義務違反と回避可能性・回避義務違反)のうちの予見可能性について、これを否定することで、過失が存在しない、と判断しました。
 具体的には、当該従業員が重傷を負った工作機械について、手が巻き込まれないような対策を怠った、というのがXの主張ですが、裁判所は、手が巻き込まれるような利用方法まで想定する必要が無かった、と認定し、Yの過失を否定したのです。もちろん、当該機械の形状や使用方法、当該従業員による使用状況や事故時の状況などを詳細に検討したうえでのことですが、当該従業員の使用状況が独特すぎた、ということでしょうか。
 因果関係が否定されない(判断を回避しています)が、過失は否定される、という判断をあまり見かけない(不幸な結果が発生すれば、何らかの原因が会社側にあるのが通常だから)中で、例外的な判断が示された事案として、参考になります。

3.実務上のポイント
 労基署(厚労省)は、労安法に基づいて業態ごとに詳細な安全基準を定めたり、実際にその遵守状況を確認したりして、多くの製造業者の職場の安全管理に関わっており、その範囲で、製造業者の監督官庁の役割を果たしています。その意味で、行政上の観点から、Yにはより徹底した安全対策を講じて欲しかった、という思いがあったのでしょう。
 結果的に、法的な責任は否定されましたが、Yの労務管理(特に、当該工作機械やその利用方法に関する安全対策)について、より改善すべき点があったことは間違いありません。結果的に法的な責任が否定されればそれでよい、とするのではなく、経営の観点から見た場合、より安全な職場環境を目指すべきでしょうから、その意味での教訓を学ぶべき事案としても、参考になります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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