労働判例を読む#310

今日の労働判例
【国・三田労基署長(日本電気)事件】(東高判R1.10.30労判1243.64)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、会社で長年メセナ関係の業務だけを担当してきたKが、新たに着任した上司との方針の違いから、従前のメセナ支援先の諸団体との板挟みになるなどのストレスを長期間受け続けることとなり、うつ病を発症して自殺した事案です。Kの遺族Xらが、国・労基署Yに対して労災の支払いを求めて訴訟を提起しました。
 1審はYと同様、労災の支払いを否定しましたが、2審は支払いを命じました。

1.悪化か発生か
 この事案の主要な論点は、Kが、うつ病発症後にその症状が「一旦回復又は安定傾向にあって寛解した」後に再び悪化し、自殺した点です。これがなぜ問題になるかというと、国・福岡中央労基署長(新日本グラウト工業)事件(福岡地判R3.3.12労判1243.27、前々回の#308)でも検討した論点が重要な要素となるからです。
 これは、既に罹患していた精神疾患が悪化した場合の因果関係は、「特別な出来事」が必要とされているからです。そして、もしこの判断枠組みがこの事案でも適用されれば、Kについて「特別な出来事」が無ければ因果関係が否定されることになりますが、「特別な出来事」は、生死にかかわる出来事や、極めて長時間の時間外労働(例えば直前1か月で160時間超)に限られています。ところが、Kにこのような「特別な出来事」は認められません。
 つまり、既発生の精神疾患が悪化した事案としてこの事案を見ると、Kに「特別な出来事」が認められないことから、労災は認定されないはずなのです。
 ところが2審は、この判断枠組みが適用されない、としました。その理由を整理しましょう。
 まず、既発生の精神障害が悪化した場合に「特別な出来事」が必要とされた理由です。
 これは、①一般に、精神障害状態だと自責的・自罰的になり、ささいな心理的負荷に過大に反応してしまう、つまり大きな心理的負荷でないのに悪化してしまうこと、②既発生の精神障害が自然経過によって悪化する過程でたまたま業務による心理的負荷が重なっていたにすぎない場合がある、つまり自然経過で悪化したのに業務の心理的負荷が悪化原因と間違えられかねないこと、③他方で、労災認定業務のために明確な基準が必要なこと、が理由であるとしています。
 これを踏まえて2審は、❶Kの身近な人たちが仕事のストレスをKが感じていた様子だったことを証言し、他方、仕事以外のストレス要因が存在しないこと(したがって、①②のような要素がないこと)、❷一度、精神障害は寛解し、「治ゆ」したと評価できること(したがって、そこから新たな精神障害の認定が行われること)、を根拠に、「特別な出来事」が無くても因果関係が認められ得ることを示しました。
 特に❷は、厚労省の判断基準に示されている考え方を応用したものでしょう。すなわち、通常の就労が可能で、寛解の診断がされれば、治ゆに該当し、労災が支給されない、とされています。これは、労災の支給を否定する際のルールですが、このことを逆に見れば、治に該当すれば、そこから健常者へのストレスと同じ判断枠組みが適用されても良いはず、という評価ができるのです。

2.実務上のポイント
 さらに、明確に根拠とされていませんが、❸Kがメセナ対象団体との板挟みにあり、様々なストレスを受け続けていた状況を、それぞれのエピソードごとにばらばらに見るのではなく、一体として見るべきである(したがって、それぞれはストレス強度「中」であっても、総体としてみるとストレス強度「強」である)という判断も、「特別な出来事」が無くても因果関係が認められる根拠の1つに該当するように思われます。
 これは、❷「寛解」という説明と両立しないように思う人がいるかもしれません。
 しかし、一度うつ病が良くなったのに、継続して受け続けていたストレスのせいで再度悪化した、というより長いスパンでKの症状を見た場合には、医師による適切な治療で一時回復したけれども、やはりだめだった、仕事のストレスがそれだけ大きかった、という評価につながります。寛解後に、仕切り直しで新たな業務上のストレスを検討する、という評価よりも、このような長いスパンで業務上のストレスを検討する方が、この事案の実態に沿っているように思われますから、❸も、根拠の1つと考えるべきでしょう。
 ❶❷だけか、❶~❸か、はともかく、既発生の精神障害が悪化した場合について「特別な出来事」が無くても因果関係を認定される場合のあることが、本判決によって示されました。既発生の場合の「特別な出来事」のルールの適用について、機械的に当てはめるのではなく、慎重な検討が必要であることに注意する必要があります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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