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労働判例を読む#568

今日の労働判例
【国・中央労基署長(JR東海)事件】(東京地判R3.6.28労判1302.30)

 この事案は、パワハラ(営業運転中の新幹線内で、客への対応の様子が気に食わない同僚をつま先で複数回蹴った)の加害者である従業員Xが、パワハラに対する会社Kの対応(「日勤教育」など)や処分によってメンタル(適応障害)を発症した、として国Yに対し、労災の支給を求めた事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.業務起因性
 本裁判に先立ち、XはKに対して損害賠償を請求する訴訟を提起していますが、Xは敗訴(高裁)し、確定しています。そのため、この前訴の判断を引用して、簡単に判断しているのか、と思いきや、Kの対応で問題となる上司などの言動や処分に関し、一つ一つ、その有無や内容の合理性、ストレスの程度などを丁寧に認定しています。
 特に、Xに反省を促し、車掌業務に戻すか、他の業務に移すかを見極め、実際に子会社に出向を命じる過程で、最初にXに対する指導・教育の必要性やその程度を検証(「暴行」に照らせば、指導・教育の高度な必要性がある、と認定した)し、①事件後の報告書の作成、②追加書面(原因分析など)の作成、③その際の上司の発言内容、④追加書面(車掌の在り方など)の作成、⑤Xの年休取得の経緯(強要されたか)、⑥所長面談、⑦出向命令、のそれぞれのエピソードごとに、詳細に検討しているのです。
 裁判所は、近時の裁判例と同様、厚労省の認定基準に準拠して検討を加えています。
 ここで特に注目されるのは、指導・教育の必要性や相当性との関係です。
 すなわち、業務上のストレスが、それ自体どこまで大きいか、さらに、他のストレス要因に比較して相対的に大きいか、という点が、業務起因性判断のポイントですが、ストレスの強度として純粋にこれを突き詰めていくと、指導・教育の必要性や相当性は、考慮すべきではない、という考え方もありうるでしょう。X自身が引き起こした問題だからと言って、したがって指導・教育の必要性や相当性があったからと言って、Kから受けたプレッシャーなどが大きければ、ストレスの強度が大きい、つまりストレスの程度は、その原因と無関係に判断できるし、判断すべきである、と言えるからです。
 けれども裁判所は、①~⑦の多くのエピソードに関し、指導・教育の必要性・相当性を認め(つまり、指示や発言に、この必要性・相当性がある、と認め)、心理的負荷が小さい(認定基準の「弱」など)と認定しました。
 従業員が受けるストレスの強度だけでなく、そのようなストレスを受ける必要性・相当性も考慮され、言わば、ストレスの「色」「性質」まで考慮される点が、参考になるポイントです。

2.実務上のポイント
 先行し、Xが敗訴した訴訟は、民事の損害賠償請求(民事労災)であり、被告である会社Kの側の対応の必要性・相当性は、過失の有無などで判断されたのでしょうか。
 もしそうであれば、Kの過失が問題にならず、業務起因性(因果関係)だけで判断される行政労災の場合には、純粋にストレスの強度だけが問題にされるはずであり、したがって行政労災の請求だけは認められる可能性がある、と考えたのかもしれません。
 このように整理してみると、本事案で重要なカギとなった業務上の必要性・相当性という要素は、民事の損害賠償請求(民事労災)の場合、過失の要素として考慮されるのか、本事案と同様、因果関係の要素として考慮されるのか、その位置づけが難しくなります。因果関係の判断は、「相当」因果関係である、というルールが確立していますが、この「相当」の判断が実質化するにつれ、過失の判断と重なる部分が増加しており、損害賠償のルールが複雑になっている原因の一つと言えるでしょう。複雑なルールを整理する場合に、検討すべき点です。
 とはいうものの、位置づけはともかく、業務上の必要性・相当性の判断が、労災支給の判断の要素であることが明確に示された点で、実務上、参考になります。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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