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労働判例を読む#389

今日の労働判例
【ラッキーほか事件】(東京地判R2.11.6労判1259.73)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、不動産会社Y1の会長Y3の運転手として雇われたXが、退職後、Y1に対して残業代などの割増賃金の支払いを、代表者Y2、Y3に対して損害賠償を請求した事案です。裁判所は、Y1に対する請求の一部を認めましたが、Y2、Y3に対する請求は否定しました。
 Y2、Y3に対する請求については、割増賃金等の請求が認められれば、Y2、Y3に悪意重過失がないことから、それ以上に精神的慰謝料の請求はできない(損害はない)としましたが、この点の検討は省略します。

1.待機時間
 本事案ではXの勤務時間が問題となっていますが、その中でも特に、実際に運転している時間ではなく、会社や訪問先のY3から呼び出しがかかるまでの待機時間について、労働時間かどうかが問題となりました。結論的には、待機時間のうち毎日1時間は休憩時間があった、しかしその他の待機時間は労働時間である、と判断されました。
 1つ目のポイントは判断枠組みです。
 判決では、休憩時間と認定する部分も、労働時間と認定する部分も、いずれも、「待機時間の自由な使用が保障」されていたかどうか、「指揮命令下」にあったかこれを離れていたか、を判断基準としています。労働時間か自由時間か、については、かなり古くから議論されており、工場やマンションの宿直(特に夜勤)、バスやトラックの運転手(特に交代要員の同乗者)等について、議論されており、それら数多くの裁判例で示された判断枠組みと、同様の判断枠組みが採用された、と評価できます。
 2つ目のポイントは実際の評価です。
 本事案では、Y3の呼び出しが、予め指示された通りの場合もあれば、指定された時間が前後にずれる場合もあり、かといってY3を待たせるわけにはいかないのでしょう、Y3の訪問先の近くの路上に停車し、車内で呼び出しを待つ場合も多くあったようです。この意味で、例えば工場の宿直のように、所定外の時間に何らかの対応業務を求められることが殆どないような事案であれば、睡眠を取るなど「拘束からの解放」「待機時間の自由な使用」が可能でしょうが、呼び出されたらすぐに出口に横付けできるようにしているのですから、「待機時間の自由な使用」は相当制限されていたと評価できます。
 他方で、全く自由がなかったかというとそうでも無いようで、時間が指定されていて、Xが自宅で待機していればいい場合も多く、そのような理由から、(計算上の根拠は示されていませんが)毎日1時間の休憩時間があった、と認定されています。
 待機時間は、何か生産的な活動をしているわけではない(労働密度が薄い)ので、典型的な労働時間とイメージが異なりますが、かといって完全な自由時間でもなく、それを労働時間かどうか、という観点から評価しなければならないため、なかなか判断の難しい問題です。極端に言えば、自宅待機中も急な呼び出しはあったようですから、完全に「待機時間の自由な使用」が許されていたとは言えないでしょうが、かといって休憩時間を付与しない、労働基準法違反である、と言うほど過酷な状況でもありません。労働密度も考慮すれば、労働基準法の求める最低限の休憩時間は与えていたと見れるのではないか、という判断が背景にあるのかもしれません。X自身も、毎日1時間程度の休憩はもらえていた、と認めていることもあり、休憩時間として認定した具体的な理由や事情は、明確にされていないのです。

2.実務上のポイント
 本事案ではさらに、営業手当名目での手当や、毎日食費として渡される3000円について、固定残業代に該当するとY側が主張していますが、裁判所はこの主張を否定しています。
 固定残業代が認められるための要件について、その旨や内訳が明確に示されることなど、裁判例を通してかなり明確になってきていますが、本事案はそれに到底及びませんので、否定されても止むを得ないと評価できるでしょう。
 待機時間の労務管理と給与の計算については、例えば工場やマンションの守衛のように、夜回り点検の時間を明確にし、それ以外は呼び出しなどが殆どない、など、労働密度の濃淡をコントロールできる業務であればまだ管理できます。けれども、待機時間中の呼び出しがある程度発生してしまう本事案のような場合、どのように管理すれば良いのか、本事案の事情や裁判所の判断を参考に、個別の状況に応じて工夫していくことしか、現時点では対応が考えにくい状況です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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