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労働判例を読む#152(有料解説動画付)

【国立大学法人筑波大学ほか事件】宇都宮地裁栃木支部H31.3.28判決(労判1212.49)
(2020.5.7初掲載)

 この事案は、大学病院Y1の診療情報管理士Xが、前任の先輩Y2と上司Y3にパワハラを受けた、として損害賠償を請求した事案です。裁判所は、Y3(とY1)の責任を認めましたが、Y2(とY1)の責任は否定しました。
 ここでは、判断枠組みの検討は省略します。結局、教育や指導として社会的相当性が認められるかどうか、が問題になっているだけであり、判断枠組み(ルール)に関し特に目新しい議論は見られません。

1.Y2の責任

 Y2は、診療情報管理士のXが配属された部門の業務の大部分を切り盛りしていた様子です。そこに、診療情報管理士の資格はあるが経験のないXが入社し、配属され、室長のほか、XとY2の3人体制となりました。周囲は、Xに大いに期待しのでしょう、Y2には新たに別な仕事を担当してもらうことになりました。Xに業務を引継ぐ半年間、同じ職場にいたY2は、一方で、自分の担当業務をできるだけ完了させ、引き継ぐべき案件も室長に引継げばすむように調整しました。
 他方でY2は、Xに期待ほどの能力や経験の無いことに、かなり早い段階から気付いたようです。
 そのため、Y2は、引き継ぐ業務を極力減らすなどしてXとの接触をできるだけ減らし、関わりたくない、という対応を取るようになりました。とは言っても、Xだけでなく室長も業務に精通しておらず、室長がY2からの引継を十分理解できなかったこともあり、他部門に異動となったY2に原告が電話などで質問することも重なりました。その際、新しい業務の習熟などで忙しいY2も、丁寧に対応している余裕がなかったのか、ぞんざいな対応になることが多くなり、XはY2を見かけると過呼吸になるような状況になりました。
 以上の経緯を、裁判所は非常に丁寧に認定したうえで、Y2の業務引継がスムーズにいかなかった原因員の一端が室長にもあること、Y2には、敢えてXを虐める意図まではなかったこと、期間も短く、Xが過呼吸になったのはY2の移動から1年半も経過していること、などから、Y2の責任を否定しました。

2.Y3の責任

 Y3は、Y2が居なくなった後、室長とXの2人きり(一時期、事務補佐員が配属された時期もある)の部門が、カルテの電子化などの本来業務を中心に、仕事が遅れがちであることに不満を持っていたため、Xと室長に対して厳しく接していた様子です。しかも、医局の副部長で講師、という立場にあり、病院事務局員に対して高圧的な言動が多く見受けられます。
 しかし、パワハラと認定されたのは、上司としての指示が厳しすぎる、というものではありません。裁判所は、Y3が出した業務上の指示などについて、1つひとつを検討し、その全てについて過重な指示ではなかった、と認定しています。つまり、仕事が期待通りに処理されずに負荷が溜まってしまった面については、それがXと室長のどちらの責任が大きいのかはわかりませんが、少なくともY3に責任はない、ということになります。
 これに対し、パワハラと認定されたのは、Y3の言動です。
 ①上から見下ろした言動として、「あなた方のやり方は気に入らない」「お前らのやっていることは、我々教員に対して失礼だ」等の発言が指摘されています。
 ②また、個別業務の叱責だけでなく、専門家として不十分という非難が人格非難に類する言動になるとして、「頭使って仕事しないとダメなんじゃないの」「管理士なら考えろ」等の発言が指摘されています。
 ③また、Xの能力が低いと誹謗中傷し、人格非難にあたり、名誉感情を侵害する言動として、「ハードルも低いし、このくらいのレベルならあなたでも書けるでしょ」「レベルが低いから●でもやれるはず、低いからあなたにちょうどいい」という発言が指摘されています。
 このように、1つひとつの言動を見れば、管理職者は思いがけず言ってしまいそうな言動が多く含まれています。しかも、この頻度の例として、4か月間に8日あったことをもって「発言回数及び頻度も多く、継続的、執拗に行われたもの」と評価しています。
 前半で指摘したように、業務の量や指示内容は決して加重ではないのですから、遅れた仕事を急がせるための業務指導や指示の中で、これらの言葉を使ったことだけが特に切り出されて、違法な言動と評価されていることになります。

3.裁判例の問題点

 管理職は、一体どうすれば良いのだ、能率が悪くて自分で仕事を溜めこみ、遅らせている従業員を叱ることもできないのか、という不満が聞こえてきそうです。
 たしかに、最近の裁判例では、問題のある発言があったとしても、その部分だけを切り出して違法性を検証する方法ではなく、その前後の状況や文脈、実際に周囲でその様子を聞いていた意見等を踏まえ、言葉の汚さや強さだけで違法性を評価しない裁判例が増えています。
 しかし、この事案では、詳細にY2やY3の言動や言葉の言い回しを認定していますが、その言動が発せられた状況や文脈などの認定は非常に弱いものとなっています。例えば、②の「管理士なら考えろ」という言葉も、この発言の前提に、管理士が当然に処理できる業務がいかに不十分であるのか、という説明が前提にあり、あるいはそのことがお互いに言わなくても十分理解できている状況にあれば、人格非難でも何でもありません。特に汚くて強い言葉だけを切り取って羅列するのであれば、ネットでの口汚いクレームと大して違いがありませんから、きっと裁判所がこのように判断するだけの状況があると判断した上での評価のはずでしょうが、そうであれば、なぜ「管理士なら考えろ」が人格非難になるのか、もう少し具体的な説明が欲しいところです。
 さらに言えば、「管理士なら考えろ」の前提に、管理士として期待される業務内容や業務品質はかくかくしかじかで、あなたの業務遂行結果はかくかくしかじかだから、到底期待水準に達していない、したがって、管理士として評価できない、というような説明を、本当にしっかりと毎回行って叱っていたら、そちらの方がよっぽど息が詰まる、と感じる人が多いはずです。
 このように、Yらの言葉を指摘だけし、何の説明も加えずに、人格非難だの誹謗中傷だの、と評価する手法は、非常に問題のある手法と考えられます。
 もしかしたら、この裁判例は、最近のいくつかの裁判例で示されたような、「パワハラ」については、教育指導指揮命令として不合理ではないが、「メンタル」や従業員のケアについては、不合理である、というように、2つの問題の場面を分けて議論しているのかもしれません。
 いずれにしろ、この判決は控訴されているようですので、2審でどのような議論がされ、どのような判断が示されるのか、注目されます。

4.実務上のポイント

 けれども、判決の非難ばかりでは仕方ありません。
 管理職が部下を叱れなくなったことが、多くの会社で大問題になっている状況で、管理職にしっかりとリーダーシップを発揮し、必要な場面ではしっかりと部下を叱ってもらうことのために、会社側も対策を考えなければならないはずです。詳細を論じれば、大部になりますが、本事案に即してポイントをいくつか指摘しましょう。
 1つ目は、コミュニケーションです。Y3は、Xと室長の業務に日常的に接しているわけではなく、頻繁に接触していなかった様子です。進捗を簡単に説明させたり、声をかけたりするだけで、いざ叱る場面も、急なことでなくなり、ある程度の予告も可能になります。声をかけられるときは必ず叱られるとき、という関係になってしまっていたかもしれません。
 2つ目は、エビデンスです。Xは自衛のためにYらの言動をメモしていて、それが広く証拠として採用されました。特に、ハラスメント被害を感じている側だけが残す証拠は、印象的で汚く強い言葉が中心になり、当時の状況や前後の文脈などを認定してもらえない可能性が高くなります(この裁判例のように)。部下に指導する管理職としては、会話の様子を録音する方法もあるでしょうが、指導し、叱った後に、その内容を要約したメールを送って指導内容を確認する、という方法もあります。実際、指導や叱責の様子が社内SNSの対話形式や録音で残っていたような事案では、厳しい言葉だけを切り取られて違法と評価される可能性は非常に低くなるようです。
 3つ目は、むしろこれが本質的なことですが、他人を動かすときに、(自分側)脅しや権威を使うのではなく、(部下側)業務への意欲や相互の信頼意識を使う、という管理手法や意識への変革です。冷静に考えれば、脅しや権威で嫌々やる仕事と、意欲的に取り組む仕事を比較すると、生産性、品質、スピード、いずれも後者が前者を上回ることは、誰にでも分かることです。「叱り方」のポイントは、前者のように委縮させることではなく、後者のように意欲を出させることにあります。そこには、叱る側の人柄や、叱られる側の人柄、両者の相性や関係性等、多くの要素が関わってくるために、これさえやればいい、これを言えば間違いない、というような正解はありません。けれども、まずはこのような意識改革をするところから、「叱り方」が変わってくるはずです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、労働判例の版元から!

※ この下が、5分20秒の解説動画です。言葉尻だけのパワハラ対策になっていませんか?字幕をオンにしてご覧ください。

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