労働判例を読む#492
※ 司法試験考査委員(労働法)
今日の労働判例
【大器キャリアキャスティングほか1社事件】(大阪高判R4.10.14労判1283.44)
この事案は、24時間営業のガソリンスタンドから、深夜早朝の業務の委託を受けていたYに勤務し、深夜早朝に勤務していたXが、Yに無断で日中、ガソリンスタンドに直接勤務する(二重契約)など、問題のある言動を繰り返していた一方で、退職後、長時間労働によって適応障害が発症した、として、Yに対して損害賠償を請求した事案です。
1審は、Xの請求を全て否定しましたが、2審は、適応障害を発症させた点にYの責任を認め、請求を一部認めました。
1.Xの主張の背信性
Xは、よほどガソリンスタンドでの業務が気に入ったのか、深夜早朝にYとの契約で働いていることを秘して(契約の相手が違うと言っても実際に働く場所が同じガソリンスタンドだから、いずれバレるでしょうが)、ガソリンスタンドと直接契約し、日中にも働いていました。その結果、休日が無くなってしまい、連続勤務が続く状態にありました。しかも、勤務時間も月間300時間前後など、長時間労働の状態にありました。さらに、この長時間労働等が原因となって適応障害が発症した、という医師の診断も得ました。
このようなこともあり、Xには労災が認定されています。
けれども、実際にこのような状況にあることが、労働環境として過酷といえるほどのものではなかったようです。特に深夜早朝の勤務は、モニターを見ながら待機していて、必要があったり呼び出されたりした場合にだけ対応すればよく、2審判決自身も、「労働密度」が濃くない、と評価しています。さらに、他の従業員のシフトまで自分の勤務時間にしようと持ち掛けるなどしており、連続勤務や長時間勤務は、Xが「積極的に希望」し、Xの「積極的な選択」によるもの、と評価しています。
このような背景を見れば、休日を確保しなかったり、長時間勤務を強いたりしたことで、適応障害を発症させた責任がある、というXの主張は、自ら招いたことを棚に上げた主張であり、背信性があります。法的に見れば、「禁反言の原則」「クリーンハンドの原則」「信義則違反」等によって、Xの主張や請求自体が否定される可能性もある、といえるでしょう。そして、1審も、明言はしていませんが、このような背信性を考慮して、Xの請求を全て否定したようにも思われます。
けれども、2審は、上記のように背信性の前提となる事情(二重契約・連続勤務や長時間勤務を自ら望んで行った点など)を認めたのですが、Xの請求の一部を認めました。
2.理論的な問題
1審と2審の違いがどこにあるのか、という点ですが、事実認定については、1審と大きな違いは無さそうです。
そうすると評価の違い、ということになります。
では、何が違うのか、すなわち2審は背信性があるのになぜXの請求の一部を認めたのか、という点ですが、それには、2つのポイントがあるように思われます。
1つ目は、労基法などで定められた会社側の義務です。すなわち、休日を与えるべきことや、長時間労働させないことは、法律が、当事者の意思に関わらず強制するルール、すなわち「強行法」です。そうすると、Xが嘘をついてまで二重契約をしたり、望んで長時間労働していたりしても、Yがこれらの義務を果たしていない以上は、「強行法」違反ですから、責任を免れさせるわけにはいかない、と考えたのかもしれません。
実際、二重契約の可能性をYの管理職者が認識した後、Yは事実調査を行い、日中の契約を解消するように指導していますが、その期間が1月ほどかかっています。この点、真偽を確認するために1か月かかったとするY従業員の証言の信用性に関し、ある程度時間がかかる旨の証言内容に合理性がある、と評価しています。依頼者であるガソリンスタンドに確認し、対応を決めることも必要であり、相当の配慮が求められる点も指摘しており、裁判所は、慎重な対応の必要性や合理性に対して理解を示しています。
さらに裁判所は、このような指導や、実際に二重契約状況が解消されるまでの時間について、「不法行為」には該当しない、と評価しています。
けれども、二重契約の可能性を知ればすぐに長時間勤務を避けることができた(シフトに入れない、など)から、「安全配慮義務違反」に該当する、と評価しています。
「不法行為」責任と、「安全配慮義務違反」の責任は、法的な性格が違う、という整理でしょうが、不法行為責任のために必要な「過失」の認定のためには、一般的に何らかの「義務違反」が必要であり、一般的にこの「義務違反」は「安全配慮義務違反」と同様の内容になりますから、本事案は、一般的な場合と異なる評価をしたことになります。不法行為責任の認定のための「義務違反」と、安全配慮義務違反がなぜ異なるのか、理論的にもより踏み込んだ説明が求められるべき問題です。
裁判所が、両者の違いを認めて二重契約による連続勤務や長時間勤務の責任を認めたのは、休日や長時間労働に関するルールが「強行法」であり、遵守することが強制される点を根拠にしているのでしょうか。すなわち、強行法であるルールが適用されるのは労働契約であり、だから、安全配慮義務違反についてだけ厳しいルールが適用され、求められる義務の程度が高くなるが、不法行為には適用されないので、求められる義務の程度は高くならない、という理由でしょうか。
2つ目は、労災認定との整合性です。
理論的に必然な関係にはないのですが、連続勤務や長時間勤務を原因とする労災が認定されていることから、民事上のYの責任を否定しにくい、という理由があるのかもしれません。
理論的な面での合理性について、より踏み込んだ検討が期待されます。
3.実務上のポイント
さらに、実務での対応についても考えてみましょう。
この裁判所の判断を、労務管理の観点から見た場合、二重契約の有無を確認し、対応を決めるまでに、依頼者であるガソリンスタンドに配慮しつつ(二重契約を簡単に批判するわけにいかないし、従業員との関係という個人情報・営業秘密について話を聞かなければならない)慎重に対応することが求められる一方、直ちにXの就労を禁じる対策が必要、ということになります。例えばハラスメントが疑われる事案であれば、加害者とされる従業員などに対し、有給で在宅勤務を命じ、じっくりと真偽を調査するようなことは、実際に行われる方法なので、それと同様にXを直ちに勤務から外す、という発想も分からないではありません。
しかし、本事案の場合、Xはアルバイトであり、シフトに入れなければ収入がなくなってしまいます。有給で在宅勤務を命ずる場合とは、この点が明らかに異なります。そして、このようにXの生活を破壊しかねない措置を、二重契約かどうか判明していない段階で講じることは、このことで会社の別の責任を発生させかねません。シフトを不当に入れない、という会社の対応について、従業員に対する賠償責任を認める裁判例があるからです。
つまり、会社は、二重契約の調査確認を慎重に行う必要がある反面、従業員に対する責任やトラブルの危険を負いつつ、当該従業員をシフトから外さなければならない、という板挟みの状態になるのです。
理論面からも、労務管理の実務の観点からも、今後、議論が深められるべき問題を含んだ裁判例と評価できます。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!