労働判例を読む#215

【社会福祉法人緑友会事件】東京地裁R2.3.4判決(労判1225.5)
(2021.1.1初掲載)

 この事案では、保育園Yの保育士Xが、園長Bと対立し、賛同する保育士と共に保護者も参加するようなYの重要な行事などで反抗的な対応をしていましたが、妊娠して産休育休を取得し、育休給付金も受領しました。Xの休職中、Xの仲間だった2人の保育士が退職しましたが、Xは休暇明けに復職する希望をXに伝えました。

 これに対し、Yは、XがYの理事長と面談した際、退職合意がなされ、あるいは解雇の通知がされたと主張しますが、裁判所はYらの主張を否定し、Xが従業員の地位にあることを認めました。

1.退職合意の成否

 Yの主張を裏付ける事情として、面談の際、Yの理事長がXに対して、退職を前提に3か月の特別休暇を提案しましたが、Xはこれを拒否して解雇理由証明書を要求し、Yがこれを発行した事実、その3日後、Xが保育園に掲示されている退職者の一覧に自分の名前を記載するように求め、Yがこれを記載した事実、が特に問題とされています。

 これが、例えば商取引などの場面であれば、黙示の合意の成立が十分肯定されるべき状況でしょう。退職を前提としたYの提案に対し、Xは退職そのものを否定するのではなく、むしろ退職の前提を前提にしたうえで、退職の際の条件を交渉しており(特別休暇と解雇理由証明書は、いずれも退職を前提にし、いずれも退職の条件である)、しかもその後に退職を承認したと評価すべき言動があるからです。

 けれども裁判所は、「退職の意思を確定的に表明する意思表示」を「慎重に検討する必要がある」という判断枠組みを示しています。

 そのうえで、(面談)Xは理事長の提案に対して相槌は打ったものの承諾はしていない、(掲示)園児や保護者に復職できないことを伝える目的は不自然でない、と評価しました。後者は、その後にXが第2子の出産のためにさらに産休育休を継続することを示しているのでしょうか。いずれにしても、「確定的に表明」という判断枠組みを、その言葉どおり厳格に適用することで、当然前提にしているはず、という解釈を否定したのです。

 この判断は、例えば山梨県民信組事件(最判H28.2.19労判1136.6)が示した判断枠組み、すなわち、従業員にとって不利な意思表示に関し、「自由な意思」に基づく「合理性」が「客観的」に存在すること、という判断枠組みを使ってみると理解しやすいかもしれません。

 すなわち、「自由な意思」「合理性」「客観性」の判断枠組みでは、特に「合理性」の点で、自分にとって不利益な部分を十分理解しつつ、それを上回る合理性のあることを、本人が認識しえたことが重視されています。この事案では、退職を受け入れることのデメリットを理解し、さらに、退職してもその不利益を上回る合理性があることを、Xが知りえたかどうかが重要ですが、ここでは、保育園を退職する条件として3か月の特別休暇の有無が議論されたにすぎず、解雇理由証明書も、それによって何かメリットがあるかというと、退職を受け入れるためというよりはむしろこれを争う場合に活用されるべきもので、これによって退職を受け入れる合理性が増すものではないでしょう。

 山梨県民信組事件の示した「自由な意思」「合理性」「客観性」の判断枠組みが、どのような場合に適用されるのかについては、まだはっきりとしませんが、この事案のように従業員にとって不利な内容の意思表示の有効性を判断する際の判断枠組み、と位置付ければ、ここでも適用されることになり、この判決の判断も理解しやすく、説明しやすくなるかもしれません。

2.解雇の有効性

 まず、どこにYによる解雇の意思表示があったのか、ということですが、これは上記1の面談時とされています。合意退職するように提案したが、Xがこれに応じたと評価できない以上、Yからの提案は解雇の通知、と評価されているのです。

 そうすると、解雇権濫用の法理に関する「客観的合理的理由」「社会通念上相当性」が必要となります。この2つの判断枠組みが、どのような役割分担をしているのか、実はよくわかりません。この判決でも、裁判所はこの2つの判断枠組みをまとめて検討しています。

 判断枠組み自体の説明もされていませんので、実際どのような判断枠組みとなるのか、どのような事情がどのように評価されるのか、について、あてはめの様子から逆算してみましょう。

 一般に、労働法の分野では、「権利濫用」「合理性」など、曖昧で抽象的な概念が問題になる際、「判断枠組み」が設定され、議論ポイントを整理しながら検証されます(例えば、整理解雇の4要素など)。ここでは特に「判断枠組み」が示されませんでしたが、一般的に大きく外れない判断枠組みとしてお勧めなのが、「天秤モデル」です。これは、天秤の図をイメージし、一方の皿には❶会社側の事情、他方の皿には❷社員側の事情、天秤の視点は「その他」の事情、とりわけ重要なのが❸プロセス(機会の付与、反論の機会、適切な検証プロセス、その他)です。

 さて、実際にこの判決の中で特に重視されているのが、①Xに不適切な言動がなかった、②園長Bの指導が不適切だった、③Xの仲間の言動をXの言動と同視できない、という点です。これをあてはめると、❶会社側の事情として、Xやその取り巻きらが業務指示に従わず、反抗的な態度を取るなどの迷惑を被ったこと(①③)が、会社側の損害となり、❷社員側の事情として、離職した場合の生活への影響などがあり、❸プロセスとして、Xに機会を十分与えたこと(②)が、問題となります。

 ❷が無いではないか、と言われるかもしれませんが、上記1でXの不利益について十分配慮された(退職に伴うXの不利益を考慮すると、簡単に合意か退職を認めるわけにはいかない)と評価することができそうですし、❶❸で十分Yの主張を否定できるので、❷を議論するまでもなかった、と評価することもできそうです。このように見ると、労働法で一般的に汎用性が認められる判断枠組み(❶~❸)によって処理された事案、という評価ができるでしょう。

 このように、❶会社側の事情、❷社員側の事情、❸プロセスが検討され、評価されたことが理解できます。

3.実務上のポイント

 判断構造としては、上記のとおりそれなりに説明がつくのですが、会社経営の側から見ると、Xは同僚と徒党を組んで園長Bに抵抗しており、非常に扱いにくい従業員だったことがうかがわれます。これだけの「問題社員」を解雇できないのか、と感じる経営者も多いでしょう。

 けれども、問題は園長B等会社側にも存在します。

 特に注目されるのは、Bの指導などに関し、Xに対して適切な指導や問題提起がされていない点です。Bは、Xやその仲間による抵抗がよほど衝撃的だったようで、Xやその仲間に対して適切な問題提起や指導ができませんでした。このことは、Xやその仲間によるBへの不服従や反抗が、証拠上認定されなかったことから明らかです。Bが、Xやその仲間の言動を我慢して受け入れてしまったために、明確に記録されることがなく、訴訟手続きの中で事実として評価されなかったと思われます。もし、BがXやその仲間の不服従や反抗を適切に記録化し、これに対する指導や警告も適切に記録化していれば、Xやその仲間の身勝手な言動の問題点をよりリアルに主張立証できたでしょう。訴訟になった後に慌ててヒアリングされ、報告書が作成されているようですが、裁判所はその証拠価値を極めて低く評価しています。

 管理職者には、厳しいことを言うことができず、何とか円満に収めようと抱え込んでしまうタイプの人がいますが、世の中、全員が友達になれるような甘い世界ではありません。組織活動を破壊する人達を、全て友達にすることなど不可能ですから、適切な時期に見極めをつけ、約束を守らない部分があれば、敵対してしまうことも恐れず(当然のことながら、友達にすることを早々に断念し)、ありのままに適切に記録化しつつ、毅然と対応できる管理職者がいなければ、組織は機能せず、場合によっては崩壊してしまいます。

 特に、この判決の中で垣間見られるのは、Bの対応を見ると、反抗的な対応をする従業員のリーダーであるXではなく、その仲間達に対して指導するものの、肝心のXには何も言えない様子が見て取れる点です。例えば管理職者に求められるのは、いろいろな不満を調整するだけでなく、積極的に方向性を定めてリードし、問題を能動的に克服する組織的な活動を引き起こせることが、管理職者に求められるようになった、という点です。

 多様化した現代では、全員が友達、というような甘い認識の人間を管理監督者にしてしまうと、トラブルを解決できないだけでなく、この事案のようにトラブルをより深刻にしてしまいますので、会社組織の運営から見た場合には、管理職者の人選がより重要な問題であることが理解できます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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